第十四話:最後の戦い【後編】

「私の……戦い……?」


「そうだ!」

レギウスの声が響く。

「我々は、目の前の敵を倒すことしかできん! だが、君には、君にしかできないことがあるはずだ! 思い出せ、セレン殿! 君の『楔』の力を!」


二人の言葉に、セレンは、はっとした。

そうだ。私は、ただ、守られているだけじゃない。

私には、私の役目がある。


セレンは、目の前の、巨大な黒い球体――『厄災』の封印を、強く、強く、睨みつけた。

調律者との戦いの余波で、封印を縛る光の鎖が、今にも、完全に、砕け散ろうとしている。


(私が、これを、止めなきゃ……!)


セレンは、ふらつく足で立ち上がると、その封印へと、両手を差し伸べた。

そして、自分の血に眠る、全ての力を、解放する。


「おおおおおおっっ!!」


セレンの体から、温かい、新緑色の光が、奔流となって溢れ出した。

その光は、砕け散ろうとしていた光の鎖を、補強し、修復していく。弱々しく明滅していた封印の輝きが、再び、力強い光を取り戻し始めた。


「なっ……!? 小娘が、封印に直接干渉しているだと……!?」

調律者が、初めて、焦りの声を上げた。

彼の目的は、厄災を、完全に、この世に解き放つこと。セレンの行動は、その根幹を、覆そうとしていた。

それだけではない。セレンが封印を安定させたことで、封印から漏れ出し、彼の力の源となっていた混沌のエネルギーの供給が、明らかに弱まっていた。


調律者は、レギウスとライガを振り払い、一直線に、セレンへと向かおうとする。

しかし、その行く手を、二つの巨大な肉壁が、再び、塞いだ。


「てめえの相手は、俺たちだと言ったはずだぜ」

ライガが、血を吐きながらも、不敵に笑う。


「君の『理』は、我々の仲間には、指一本触れさせん」

レギウスもまた、その身に、かつてないほどの闘気をまとわせていた。


調律者の焦りは、彼の完璧だったはずの『理』に、僅かな隙を生んだ。

そして、その隙を、二人の『筋肉』が見逃すはずもなかった。


「今だ、レギウス!」

「うむ!」


二人の動きが、完全に、一つに重なった。

ライガが、調律者の注意を上半身に引きつけ、その体勢を、強引に、こじ開ける。

そして、がら空きになったその足元へ、レギウスが、地を這うような低い姿勢から、渾身のタックルを叩き込んだ。


それは、ただのタックルではなかった。

彼の全ての体重と、筋力と、そして、仲間を守るという、揺るぎない意志が込められた、究極の一撃。


ズドオオオオオオオォォォンッッ!!!


調律者の巨体が、初めて、その場に、膝をついた。

彼の『理』が、二人の、あまりにも純粋で、あまりにも愚直な『力』の前に、完全に、敗北した瞬間だった。


「……馬鹿な……。この私が……こんな……」


膝をついた調律者の前に、ライガが、静かに、歩み寄る。

そして、その震える拳を、天へと、高く、高く、突き上げた。


「これが、俺たちの、全力だあああああっっ!!!!」


ライガの拳が、振り下ろされる。

それは、パーティー『マッスル・ラック』の、勝利を告げる、最後の鉄槌だった。


調律者の体が、光の粒子となって、消滅していく。

後に残されたのは、静寂と、ボロボロになりながらも、確かに、そこに立つ、二人の男の姿だけだった。


「……はぁ……はぁ……。勝った……のか……?」

ライガが、その場に、へたり込む。


「ああ。我々の、勝利だ」

レギウスもまた、その体から、力が抜けていくのを感じていた。


セレンも、封印を維持していた力を解き、安堵の息をついた。

彼女の力によって、封印は、一時的にではあるが、安定を取り戻していた。


終わった。

全てが、終わったのだ。


誰もが、そう思った、その時だった。


調律者が消滅した、その場所から。

彼がその身に取り込んでいた、膨大な混沌のエネルギーが、行き場を失い、まるで、最後の悪意のように、封印へと、殺到した。


バキイイイイイイインッッ!!!


甲高い、ガラスが砕けるような音と共に。

セレンが、必死に維持していた封印の光が、完全に、砕け散った。


そして、中央の黒い球体が、ゆっくりと、その殻を、破り始めた。

中から、この世の全ての絶望を、凝縮したかのような、純粋な『闇』が、溢れ出してくる。


最後の敵を倒したはずの三人の前に、本当の、世界の終わりが、その姿を、現そうとしていた。

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