第十三話:歴史の試練【後編】

『試練は、これで終わりではありません』


緑髪の女性剣士の言葉と共に、その背後に、二つの新たな英雄の記憶体が姿を現した。

一人は、全身を、山のように分厚い鋼の鎧で覆った、巨大な重戦士。その手には、人の身の丈ほどもある、巨大な戦斧が握られている。

もう一人は、長い髭をたくわえ、星々を縫い込んだローブをまとった、老賢者。その周囲には、常に、数多の魔法陣が、衛星のように浮かんでいる。


彼らは、先ほどの女性剣士と同じく、半透明の記憶体でありながら、その威圧感は、生身の人間以上に、凄まじかった。


『我が友、"鋼鉄の壁"バルガス』

『そして、"大賢者"ソロモン』

女性剣士が、二人の英雄を紹介する。

『彼らの試練をも、乗り越えてみせなさい。さすれば、あなた方に、道は開かれましょう』

そう言うと、女性剣士の記憶体は、光の粒子となって、静かに消えていった。


後に残されたのは、二人の伝説の英雄と、マッスル・ラックの三人。


「へっ、面白え! 今度は、パワータイプと、魔法使いか!」

ライガが、重戦士バルガスを睨みつけ、獰猛に笑う。


「ふむ。片方は、純粋な物理攻撃。もう片方は、純粋な魔術攻撃。役割分担が、明確だな」

レギウスは、老賢者ソロモンを観察し、冷静に分析する。


作戦は、言うまでもなかった。

ライガが、重戦士バルガスと。

レギウスが、大賢者ソロモンと。

筋肉と筋肉、そして、筋肉と魔法の、一対一の対決が、始まった。


「おおおおおっっ!!」

ライガとバルガス、二つの巨大な質量が、正面から激突する。

拳と戦斧がぶつかり合うたびに、空間そのものが震えるほどの、衝撃波が巻き起こった。

それは、もはや、技術の介入する余地のない、純粋なパワーとパワーの、真っ向からのぶつかり合いだった。


一方、レギウスとソロモンの戦いは、静かで、しかし、より高度なものだった。

ソロモンは、一切動かない。ただ、その周囲に浮かぶ魔法陣から、炎、氷、雷、あらゆる属性の、超高等魔術を、詠唱すらなく、次々と放ってくる。


レギウスは、その魔法の弾幕の中を、まるで、未来が見えているかのように、紙一重で、全てかわしていく。

彼は、ソロモンの視線、指先の僅かな動き、そして、魔法陣が放つ、魔力の予兆を、その超人的な感覚で、全て読み切っていたのだ。


「君の魔法は、美しい。だが、その発動には、必ず、0.2秒の『思考のラグ』が存在する」

レギウスは、魔法の嵐を抜け、ついに、ソロモンの懐へとたどり着いた。

「そして、その時間は、私の筋肉にとっては、永遠に等しい」


レギウスの掌底が、ソロモンの胸へと、静かに、しかし、深く、叩き込まれる。

ソロモンの記憶体は、驚愕の表情を浮かべたまま、光の粒子となって、消滅した。


その、ほぼ同時刻。

ライガとバルガスの戦いもまた、決着の時を迎えようとしていた。

二人のパワーは、完全に互角。どちらの一撃も、相手に、致命傷を与えうる。

だが、一つだけ、決定的な違いがあった。


「てめえの筋肉は、確かにすげえ!」

ライガは、バルガスの戦斧を、自らの腕で受け止めながら、叫んだ。

「だがな、てめえの筋肉には、守るもんが、ねえだろうが!」


ライガの脳裏に、セレンの顔が浮かぶ。

仲間を守る。その、ただ一つの、純粋な意志が、彼の筋肉に、限界を超えた力を与えた。


「俺の筋肉は! 仲間を守るための、筋肉だあああああっっ!!」


ライガの拳が、バルガスの巨大な戦斧を、その根本から、粉々に砕いた。

そして、がら空きになったその胸に、渾身の一撃を叩き込む。

鋼鉄の英雄は、満足げな笑みを浮かべたように見えたまま、光となって、消え去った。


三つの試練を、全て乗り越えた。

後に残された静寂の中、三人の目の前の空間が、再び、大きく歪んだ。


そして、星空のような空間の、さらに奥。

これまで固く閉ざされていた、神殿の最深部へと続く、最後の扉が、その姿を現した。


扉の向こうからは、これまでとは比較にならないほどの、濃密で、禍々しい気配が、漏れ出してきている。

組織のリーダー。そして、彼が復活させようとしている、古の『厄災』。

最後の戦いは、もう、すぐそこまで迫っていた。

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