第十三話:歴史の試練【中編】

セレンの祖先である、緑髪の女性剣士の記憶体。その構えには、一切の隙も、殺意もなかった。ただ、目の前の者たちの価値を、その魂の重さを、見極めようとする、静かで、しかし、絶対的な強者の気配だけが満ちていた。


「面白い! やってやろうじゃねえか!」


最初に動いたのは、ライガだった。

彼は、床を蹴り、弾丸のような速さで、女性剣士へと突進する。その拳には、岩盤すら砕く、純粋な破壊の力が込められていた。


しかし、女性剣士は、その圧倒的なパワーを前にしても、全く動じなかった。

彼女は、ライガの拳が、その身に届く寸前、まるで水面を滑るかのように、半歩だけ、体をずらした。

ライガの拳は、空を切る。そして、体勢を崩した彼の脇腹に、光の剣が、まるで吸い込まれるかのように、正確に、しかし、刃を立てずに、叩き込まれた。


「ぐっ……!?」

ライガの巨体が、いとも簡単に吹き飛ばされる。


「ライガ!」


「無駄だ」

女性剣士は、次にレギウスへと向き直りながら、静かに言った。

『ただの腕力では、私には届かない。その力に、確固たる『意志』がなければ』


その言葉と同時に、彼女の姿が、陽炎のように揺らめき、数体へと分身した。その全てが、全く同じ気配を放ち、レギウスを囲む。


「ふむ。幻影か」

レギウスは、冷静に、全ての分身体を観察する。

「だが、その全てに、実体と変わらぬほどの、魔力反応がある。これは、単なる幻ではないな」


レギウスは、最も近くにいた分身体へと、正確無比な拳を放つ。しかし、その拳は、実体のない幻を、手応えなくすり抜けた。

その隙を突き、別の方向から、本物の女性剣士の剣が、彼の首筋へと迫る。

レギウスは、それを、間一髪で、屈んで避けた。


「すごい……」

セレンは、その光景に、戦慄していた。

ライガのパワーも、レギウスの技術と分析力も、この伝説の英雄の前では、全く通用していない。


しかし、彼女は、ただ見ているだけではなかった。

二人の戦いと、女性剣士の言葉から、この試練の本質に、気づき始めていたのだ。


(あの人は、ただ、二人の強さを見ているんじゃない。その強さの奥にある、『覚悟』を、試しているんだ……!)


セレンは、叫んだ。

「二人とも! あの人は、ただの力と戦っているんじゃないです! あなたたちの『覚悟』を、見てるんだと思います!」


その声は、戦いの渦中にいる二人にも、確かに届いていた。


「覚悟、だと……?」

吹き飛ばされたライガが、ゆっくりと立ち上がる。

「んなもん、誰にも負けるかよ……!」


彼の瞳の色が変わった。

ただの闘争心ではない。その奥に、セレンを守るという、仲間を守るという、揺るぎない決意の光が灯る。


女性剣士が、再び、ライガへと襲いかかる。その手から、緑色の光の鎖が放たれ、ライガの体を縛り上げた。

「ぐっ……!」


しかし、ライガは、もはや、力任せにそれを引きちぎろうとはしなかった。

彼は、その場で、どっしりと、足を踏ん張る。そして、咆哮した。


「この程度の鎖で、俺の覚悟は、縛れねえぞおおおっっ!!」


ライガの全身の筋肉が、彼の意志に呼応するかのように、爆発的に膨張する。

光の鎖は、その内側から溢れ出す、純粋な「仲間を守る」という意志の力に耐えきれず、ガラスのように、粉々に砕け散った。


『……なるほど』

女性剣士が、初めて、感心したような声を漏らした。


一方、レギウスもまた、セレンの言葉から、解を得ていた。

彼は、無数の分身体に囲まれたまま、静かに、目を閉じた。


(意志の強さを、試している、か。ならば、小手先の分析は、もはや不要)


彼は、視覚を捨て、聴覚を捨て、ただ、自らの肉体の感覚だけを、研ぎ澄ませていく。

風の流れ、空気の振動、そして、この空間に満ちる、魔力の脈動。

その全てを、全身の筋肉で、感じ取る。


(幻影に、意志はない。意志の『重み』を持つのは、ただ一つ)


レギウスは、カッ、と目を見開いた。

そして、ただ一点。彼の右斜め後方に立つ、一体の分身体に向かって、一直線に、踏み込んだ。


それは、他の幻影と、全く見分けがつかないはずだった。

しかし、レギウスには、分かっていた。そこから放たれる、強い意志のプレッシャーだけが、他とは、明らかに、異なっていることを。


レギウスの拳が、女性剣士の、光の剣と、正面から、ぶつかり合う。

そして、その動きを、確かに、止めた。


「君の覚悟、しかと、受け止めた」


女性剣士の記憶体は、驚いたように、僅かに目を見開くと、ふっと、その表情を和らげた。

彼女は、構えていた剣を、静かに下ろす。

周囲にいた、全ての分身体が、光の粒子となって、消えていった。


『見事です。あなた方の覚悟、確かに、この身に刻みました』

その顔には、満足げな、そして、どこか優しい、笑みが浮かんでいた。

『我が血を引く者よ。あなたの仲間たちは、未来を託すに値するようです。ですが……』


彼女は、自らの体の後ろを、指し示した。

『試練は、これで終わりではありません』


彼女がそう言うと、その背後の空間から、光の粒子が、再び集まり始めた。

今度は、二つの、巨大な人影。

先ほどの記憶の中で、ひときわ巨大な体躯を誇っていた、重装鎧の戦士。

そして、強力な魔術で、厄災の動きを封じていた、老賢者。


セレンの祖先を守っていた、二人の英雄の記憶体が、静かに、しかし、圧倒的な威圧感を放ちながら、そこに、その姿を現した。

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