第十三話:歴史の試練【前編】
「筋肉橋(マッスル・ブリッジ)」を渡り、雪崩を「割り」、三人はついに、嘆きの嵐山脈の頂にそびえる、最後の神殿へとたどり着いた。
その扉は、これまでのどの扉よりも巨大で、そして、固く閉ざされていた。
「最後の扉だ。開けるぞ」
レギウスの言葉に、ライガが頷く。
もはや、そこに、セレンの戸惑いや、常識に基づいたツッコミは存在しない。彼女は、ただ、これから行われるであろう「筋肉による開錠」を、静かに見守るだけだった。
二人は、扉に手をかけると、呼吸を合わせ、その全身の筋肉を、ただ一つの目的のために連動させる。
ゴゴゴゴゴ……と、地殻が軋むような音を立てて、数千年間、誰の侵入も許さなかったはずの最後の扉が、そのあまりにも純粋な「力」の前に、ゆっくりと開かれていった。
しかし、扉の奥に広がっていたのは、三人の想像を、遥かに超える光景だった。
石造りの神殿ではない。
そこは、果てしなく広がる、星空のような、 surreal な空間だった。足元には、ガラスのように透き通った床がどこまでも続き、空気は、澄み切った水の中のように、静まり返っている。
「扉の向こうが……こんな空間に? 神殿の中じゃ……ないんですか?」
セレンが、呆然と呟いた。
その時だった。
三人の周囲の風景が、陽炎のように揺らめき、一変した。
星空は、血のように赤黒い空へと変わり、澄み切っていた空気は、焦げ臭い煙と、血の匂いで満たされる。遠くからは、絶え間ない怒号と、悲鳴が聞こえてきた。
「戦場……?」
三人は、いつの間にか、古代の、壮絶な戦場の真っ只中に立っていたのだ。
彼らの目の前で、天を覆うほど巨大な、形のない『闇』が、暴れ狂っていた。
『厄災』。
それが、セレンの血に封じられた、世界の終焉そのものだと、直感で理解できた。
そして、その絶望的なまでの『闇』に、果敢に立ち向かう者たちがいた。
屈強な戦士たち、高位の魔術師たち。その誰もが、歴史に名を残すであろう、英雄たち。
その中に、セレンは、見覚えのある髪の色を見つけた。
自分と、同じ、鮮やかな緑色の髪を持つ、数人の男女。
彼らこそ、セレンの祖先、『楔』の一族。
彼らは、剣や魔法だけでは戦っていなかった。その身から、セレンが守護者を浄化した時と同じ、秩序の光を放ち、光の鎖となって厄災を縛り上げ、光の壁となって人々の盾となっていた。
自らの命を、燃やし尽くすかのように。
「……これが、昔の……」
セレンは、そのあまりにも壮絶で、あまりにも悲しい光景に、言葉を失った。
これは、ただの幻覚ではない。この神殿に刻み込まれた、過去の記憶そのものなのだ。
やがて、戦場の光景が、ふっと掻き消える。
三人は、再び、星空のような、静かな空間へと戻っていた。
しかし、静寂は、すぐに破られた。
三人の目の前の空間が、再び揺らめき、一体の人影が、光の粒子となって、ゆっくりとその姿を形作っていく。
それは、先ほどの記憶の中で、ひときわ勇猛に戦っていた、緑髪の、美しい女性剣士の姿だった。
しかし、その体は、半透明で、どこか儚げだ。
『……我らが血を引く者よ』
過去から響いてくるような、凛とした、しかし、優しい声だった。
女性剣士の記憶体は、セレンを見つめ、そして、その隣に立つ、二人の男に、その視線を移した。
『そして、その仲間たち。この先へ進むというのなら、あなたたちの「覚悟」を、示していただきましょう』
彼女は、光でできた剣を、静かに構えた。
それは、敵意や殺意ではない。
未来を託すに値するかどうかを、見極めるための、神聖な試練の始まりを告げる、合図だった。
「へっ、上等だ!」
ライガが、獰猛な笑みを浮かべて、一歩前に出る。
「伝説の英雄さんよ、あんたの筋肉、見せてもらおうじゃねえか!」
「ふむ。過去の英雄の記憶データ……サンプルとして、極めて興味深い」
レギウスもまた、静かに、しかし、その全身の筋肉を、臨戦態勢へと移行させていた。
セレンの祖先にして、神殿の最初の番人。
過去の英雄の記憶体との、時空を超えた戦いが、今、始まろうとしていた。
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