第十二話:最後の道標【後編】
「……橋がないのならば、架ければいい」
レギウスは、クレバスを前に、さも当然のように言った。
セレンは、その言葉の意味が分からなかった。この百メートル以上ある断崖絶壁に、この暴風雪の中で、どうやって橋を架けるというのか。
「架けるって……材料も、時間も、ありませんよ!」
セレンが叫ぶと、レギウスは、クレバスの脇にそびえる、山の斜面を指さした。
そこには、大昔の地殻変動で隆起したのだろう、何本もの巨大な「化石樹」が、まるで墓標のように突き立っていた。数千年の時を経て、完全に石と化した、巨大な木の化石だ。
「あそこにあるだろう。最高の建材が」
セレンは、その言葉に絶句した。
一本一本が、小さな家の太さほどもある、巨大な石の柱。あれを、建材にすると言うのか。
彼女が反論するよりも早く、レギウスとライガは、そのうちの一本へと歩み寄っていた。
二人は、その化石樹の根元に立つと、言葉もなく、互いに頷き合った。そして、その巨大な石の幹に、両の手をかける。
「ふんっ……!」
「ぬんっ……!」
二人の全身の筋肉が、限界を超えて隆起する。
ミシミシ、と、化石樹の根元に亀裂が走り、周囲の地面が、彼らの踏ん張りに耐えきれず、陥没していく。
「おおおおおおおおっっ!!!!」
地響きと、山全体を揺るがすほどの、二人の雄叫び。
次の瞬間、凄まじい破壊音と共に、巨大な化石樹が、大地から、完全に、引き抜かれた。
「…………」
セレンは、もはや、驚くことすら忘れていた。
二人は、その何百トンもある巨大な石の柱を、こともなげに肩に担ぎ上げると、クレバスの縁まで運び、声を合わせた。
「「せええええええええのっっ!!」」
掛け声と共に、化石樹が宙を舞い、轟音を立てて、クレバスの対岸へと突き刺さった。
揺らぐことのない、一本の、巨大な橋。
彼らは、その作業を、あと二回繰り返した。
やがて、三人の前には、巨大な化石樹三本で組まれた、あまりにも頑丈で、あまりにも無骨な、「筋肉橋(マッスル・ブリッジ)」が完成していた。
「よし、渡るぞ!」
ライガを先頭に、三人は、その即席の橋を渡り始めた。
しかし、組織の妨害は、まだ終わってはいなかった。
三人が橋の中ほどまで差し掛かった、その時。
ゴゴゴゴゴ……という、低い地響きが、上方の斜面から響いてきた。
「なんだ!?」
見上げると、山の斜面が、白い津波となって、三人へと襲いかかってきていた。
敵の残した、最後の罠。雪崩だ。
逃げ場はない。橋の上で、あの質量の暴力に飲み込まれれば、ひとたまりもないだろう。
「セレン殿! 我々の後ろに!」
レギウスが叫ぶ。
セレンは、慌てて二人の背後、橋の中央に身を隠した。
ライガとレギウスは、迫りくる雪崩を前に、並び立つ。そして、獰猛に、不敵に、笑った。
「レギウス! 合わせろ!」
「うむ。一点集中。衝撃波で、流れを両断する!」
二人は、背中合わせに立つと、迫りくる雪崩の中心、その一点だけを見据えた。
そして、白い壁が、彼らを飲み込む寸前。
二人の拳が、同時に、前方の空間へと突き出された。
彼らの拳は、雪崩そのものには触れていない。
しかし、その拳から放たれた、目に見えないほどの高密度の衝撃波が、雪崩の中心を、正確に撃ち抜いた。
次の瞬間。
凄まじい勢いで迫っていた雪崩が、まるで、モーゼの奇跡のように、真ん中から、綺麗に、二つに割れた。
雪と氷と岩の濁流は、三人が立つ橋の両脇を、轟音を立てて流れ落ち、クレバスの底へと消えていく。
ほんの数秒。
三人は、雪崩が作り出した、静寂のトンネルの中に立っていた。
やがて、全ての雪が通り過ぎると、後には、何事もなかったかのように、ただ、暴風雪だけが吹き荒れていた。
「……ふう。危ねえところだったな」
「うむ。良い肩のトレーニングになった」
三人は、何事もなかったかのように、再び、対岸へと歩き始めた。
そして、ついに、たどり着く。
嵐の向こう、険しい山の頂に、黒々とそびえ立つ、不気味な神殿のシルエット。
あれが、最後の戦いの舞台。
三人は、その神殿を、静かに、しかし、燃えるような決意の目で見据えていた。
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