第十二話:最後の道標【前編】

天空の遺跡の一件は、そのほとんどがギルドの情報統制によって、公にはされなかった。

「高難易度依頼に対し、パーティー『マッスル・ラック』が多大なる貢献を果たした」という事実だけが記録され、彼らには、ギルドマスターと学者の連名による、極秘扱いの莫大な報奨金が手渡された。


結果として、マッスル・ラックの名が王都中に轟くことはなかった。しかし、冒険者たちの間では、一つの奇妙な噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。

「あのヤバい筋肉パーティーが、アカデミーの極秘依頼を、一晩で解決したらしい」

「どうやったのかは誰も知らないが、とにかく、関わるとロクなことにならない」

かつての「筋肉災害(マッスル・ディザスター)」というあだ名は、今や「災害級の何かを、筋肉でどうにかしてしまう連中」という、畏怖と、最大限の警戒を込めた意味で使われるようになっていた。


そんな中、三人は、静かに、しかし着実に、次なる戦いへの準備を進めていた。

当面の資金は、秘密の報奨金で十分すぎるほどある。


数日後の夜。ギルドマスターから、緊急の召集がかかった。

作戦司令室には、ギルドマスターと、例の学者、そしてマッスル・ラックの三人が集められていた。その場には、これまでとは比較にならないほどの、重く、張り詰めた空気が漂っている。


「単刀直入に言う」

ギルドマスターが、重々しく口を開いた。

「例の黒いローブの組織だが……その残党の通信を、王都の魔術師団が傍受することに成功した」


学者が、震える手で、一枚の羊皮紙をテーブルの上に広げる。そこには、解読された通信の内容が記されていた。


「リーダー格の男……名は、不明。彼は、天空の遺跡での計画が失敗したことを受け、最後の手段に打って出るつもりのようだ。自らの命と、残った信徒全ての命を贄として、ある場所で、大規模な儀式を執り行う、と」


「ある場所、とは……?」

セレンが尋ねる。


学者は、地図の、大陸の北方に位置する、険しい山脈地帯を指さした。

「『嘆きの嵐山脈』……。古文書にのみ、その名が記されている、伝説の地だ」

彼の声には、明らかに恐怖の色が滲んでいた。

「一年三百六十五日、猛烈な嵐が吹き荒れ、生きて帰った者はいないと伝えられる、禁忌の場所。そして……古文書によれば、そこは、古代の王たちが、この世のものではない**『何か』**を封じ込めた、終焉の地とされている」


その言葉に、セレンは息を呑んだ。

学者は「厄災」という言葉こそ使わなかったが、それが何を指しているのか、セレンには痛いほど分かった。ついに、たどり着いてしまったのだ。自分の血に刻まれた、宿命の場所に。


「組織のリーダーの目的は、その場所で、自らの命を触媒として、その『何か』の封印を、強制的にこじ開けることだろう。もし、それが成功すれば……この国はおろか、大陸全土が、計り知れない災厄に見舞われることになる」

学者は、それ以上、言葉を続けることができなかった。


「儀式の完了まで、あと、どのくらい猶予が?」

レギウスが、冷静に尋ねた。


「……計算では、もって、三日だ」


三日。

あまりにも、短い時間だった。今から嵐山脈へ向かったとしても、間に合うかどうか。しかも、そこは、前人未到の魔境。


しかし、三人の答えは、決まっていた。


「行きます」

セレンが、迷いなく言った。

「それが、ケリをつけなければならない、私たちの戦いですから」


ライガが、ゴキリと拳を鳴らす。

「面白え。最後の相手に、不足はねえな」


レギウスが、静かに頷く。

「うむ。全ての筋肉が、最終決戦にふさわしいと、歓喜の声を上げている」


ギルドマスターは、そんな三人の姿を、ただ、黙って見つめていた。そして、深く、深く頭を下げた。

「……すまん。この無茶な依頼を、君たちに託すしかない。生きて、帰ってくれ」


こうして、マッスル・ラックの、最後の戦いが始まった。

世界の終焉か、あるいは、筋肉による救済か。

残された時間は、あまりにも少なかった。

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