第十一話:汚染された守護者【後編】

「……ちっ、分かったよ! 面白え! やってやろうじゃねえか!」


ライガの咆哮が、玉座の間に響き渡る。

次の瞬間、二人の戦術は、劇的に変化した。


それまでの、守護者を打ち破るための攻撃ではない。

ただ一点、セレンを、守護者の懐まで送り届けるためだけの、究極の連携。


「こっちだ、ブリキ野郎! お前の相手はこの俺の筋肉だ!」


ライガが、あえて無防備なまでの大振りな攻撃を繰り出し、守護者の注意を一身に集める。彼は、もはや攻撃をいなすことすらしない。その全ての攻撃を、自らの肉体を盾として、真正面から受け止めていた。凄まじい衝撃に、その巨体が何度もぐらつくが、彼は歯を食いしばり、決して倒れない。


その隙を、レギウスは見逃さなかった。

守護者の意識が、完全にライガへと向いた、その一瞬。

レギウスは、守護者の振るう混沌の剣を、その軌道を完璧に読み切り、自らの腕で絡め取るようにして、その動きを、コンマ数秒だけ、強引に停止させた。


「今だ、セレン殿! 行けえええっ!」


レギウスの、血を吐くような叫びが響く。

セレンは、その声に背中を押された。

恐怖を、無力感を、全て振り払い、二人が命がけで作り出した、その一本の道へと駆け出した。


守られるだけじゃない。

お荷物なんかじゃない。

私も、このパーティーの一員として、戦うんだ。


守護者の目の前までたどり着いたセレン。

守護者は、セレンを真の脅威と認識し、その体から、これまでで最大級の、禍々しい紫色のオーラの奔流を解き放った。


セレンは、その混沌の濁流を前に、逃げもせず、防御もせず、ただ、両手を広げた。

そして、自分の血に眠る、遠い祖先の記憶を、その力を、解放する。


(お願い、力を貸して……! みんなを、守るための力を!)


セレンの体から、温かい、新緑のような光が溢れ出した。

その光は、暴力的な紫色のオーラと、正面からぶつかり合った。しかし、それは、消滅させるための衝突ではなかった。

緑色の光は、まるで清らかな水が濁流を飲み込み、浄化していくかのように、紫色の混沌を、優しく、穏やかに、鎮めていく。


「なっ……!?」


守護者の動きが、完全に停止した。

その体を蝕んでいた禍々しい紫色の紋様は、まるで雪が解けるように消え去り、鎧は、元の純白の輝きを取り戻していく。

憎悪に満ちていた瞳から、力が抜け、ただ静かに、セレンを見つめていた。


ほんの数秒。

だが、それは、奇跡のような時間だった。

この好機を、あの二人が逃すはずがなかった。


「よくやった、セレン殿!」

「任せろ、嬢ちゃん!」


守護者の拘束から解き放たれた二人は、もはや守護者には目もくれず、その背後にある、全ての元凶――脈打つ汚染源へと、一直線に突進した。


汚染源は、最後の抵抗とばかりに、表面にエネルギーの障壁を展開する。

しかし、

「まずは、その殻割りだあああっ!」

ライガの拳が、その障壁を、卵の殻のように粉々に砕いた。


そして、無防備になった黒い心臓部へと、レギウスが、鍛え上げた肉体の全てを込めた、渾身の一撃を叩き込む。

「我が筋肉の全エネルギー、この一点に収束させる! これが、我々の『秩序』だ!」


ズドオオオォォォンッッ!!!


汚染源は、レギウスの貫き手によって、その核を完全に破壊された。

断末魔の叫びを上げる間もなく、霧のように、跡形もなく消滅する。


汚染源が消滅したことで、守護者は、その体を支える力を完全に失った。

彼は、最後に、セレンに向かって、感謝を示すかのように、静かに、そしてゆっくりと、頭を下げた。

次の瞬間、その体は、光の粒子となって、静かに空へと還っていった。


玉座の間に、完全な静寂が戻る。

禍々しいオーラは消え、遺跡は、本来の、清浄で神聖な空気を取り戻していた。


「……はぁ……はぁ……」

セレンは、その場にへたり込んだ。全身の力が抜け、指一本動かせない。

そんな彼女の体を、ライガの大きな腕が、優しく支えた。


レギウスは、何も言わなかった。

ただ、セレンの頭を、大きな手で、一度だけ、ポン、と軽く叩いた。

その手は、不器用だったが、これ以上ないほどの、賞賛と信頼に満ちていた。


初めて、三人の力が一つになって、掴んだ勝利。

それは、パーティー『マッスル・ラック』が、ただの脳筋集団と不運な少女の集まりではなく、真の「パーティー」になった、記念すべき瞬間だった。

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