第十一話:汚染された守護者【中編】
レギウスとライガの猛攻が、汚染された守護者の前で、その勢いを削がれていく。
二人の攻撃は、確かに守護者の鎧をへこませ、体勢を崩すことはある。しかし、その傷は、背後にある「汚染源」から供給される混沌のエネルギーによって、瞬時に再生してしまうのだ。
それどころか、守護者の動きは、戦いの最中にも関わらず、洗練され続けていた。ライガの豪快な拳を、最小限の動きで受け流し、レギウスの計算され尽くした攻撃の軌道を、先読みして的確にカウンターを合わせる。
消耗しているのは、明らかにマッスル・ラックの側だった。
(ダメだ……このままじゃ、二人とも……)
セレンは、後方で為すすべもなく、その光景を見つめていた。
自分の無力さが、歯がゆい。いつもそうだ。結局、自分は、この二人の圧倒的な力に守られているだけ。足手まといで、お荷物で、そして、全ての不運の元凶。
自らを責める、いつもの思考の渦に、彼女は引きずり込まれそうになる。
その時だった。
守護者が、これまでとは違う動きを見せた。六対の黒い翼を大きく広げ、その体から、禍々しい紫色のオーラを、奔流のように解き放ったのだ。
それは、直接的な攻撃ではなかった。しかし、そのオーラに触れた玉座の間の壁や床が、黒く変色し、腐敗していく。空間そのものを蝕む、純粋な混沌のエネルギー。
「ぐっ……!」
セレンは、そのオーラに当てられ、胸を押さえた。
息が詰まる。気分が悪い。そして、心の奥底から、どうしようもない絶望感が湧き上がってくる。
それは、彼女が、生まれてからずっと感じてきた、あの「不運」の感覚と、全く同じ質のものだった。
(これだ……。私をずっと苦しめてきたものの、正体……)
だが、その混沌の奔流の中で、セレンは、自分の内側にも、別の力が存在することに、はっきりと気づいていた。
混沌とは、正反対の力。
無秩序に反発し、万物をあるべき姿に正そうとする、静かで、しかし、揺るぎない『秩序』の力。
天空の遺跡で、石版に触れた時に流れ込んできた、遠い祖先の記憶が蘇る。
彼らは、その身を『楔』として、荒れ狂う混沌を律し、世界に秩序をもたらしたのだ。
(私に宿る『楔』の力は、元々は、あの混沌を律するためのもの。封印を弱めるだけの力じゃない。世界の秩序を守るための力のはず……!)
セレンは、固く、拳を握りしめた。
恐怖で、足はまだ震えている。だが、その瞳には、今までになかった、強い決意の光が宿っていた。
守られるだけじゃない。お荷物なんかじゃない。
自分も、このパーティーの一員として、戦うのだ。
「二人とも、私に考えがあります!」
セレンは、二人の戦いの渦中へと、覚悟を決めて叫んだ。
その声は、もう、震えてはいなかった。
「私が、あの守護者の動きを、一瞬だけ止めます! その隙に、二人で、汚染源を破壊してください!」
あまりにも突拍子もない提案に、ライガが驚きの声を上げる。
「嬢ちゃん、無茶言うな! お前が前に出たら、危ねえだろうが!」
しかし、レギウスは、守護者の猛攻を防ぎながら、セレンのその声と、その瞳に宿る光を見逃さなかった。
彼は、瞬時に、セレンの意図と、その可能性を理解した。
「……いや、ライガ。可能性がある」
レギウスの声は、真剣だった。
「セレン殿の『楔』の力は、混沌とは対極の『秩序』の力。もし、その二つを正面からぶつければ、一時的にでも敵の力を中和できるかもしれん。……賭ける価値はある!」
レギウスは、守護者の剣を弾き返すと、ライガに向かって叫んだ。
「ライガ! 我々は、セレン殿のための『道』を作る! 彼女が、守護者の懐に入るための一瞬の活路を、我々の筋肉でこじ開けるんだ!」
ライガは、一瞬、戸惑いの表情を見せた。しかし、レギウスの真剣な目と、そして、後方で静かに頷くセレンの覚悟に満ちた顔を見て、ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。
「……ちっ、分かったよ! 面白え! やってやろうじゃねえか!」
作戦は、決まった。
それは、パーティー『マッスル・ラック』の、三人全員の力を、初めて、完全に一つにするための、無謀な賭けだった。
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