第十一話:汚染された守護者【前編】
生ける迷宮を「施術」によって鎮めた三人。その奥で、重々しく開かれた扉の先は、これまでの不気味な光景とは一変し、静謐な空気に満ちていた。
そこは、かつてこの遺跡の中枢であったであろう、巨大な玉座の間だった。天井は高く、星空を模したかのような美しい装飾が施されている。しかし、その神聖な雰囲気は、部屋の中央に鎮座する、ある一点の「異物」によって、完全に破壊されていた。
「あれが……汚染の大元……!」
セレンは、息を呑んだ。
玉座があったであろう場所に、黒く、脈打つ巨大な心臓のようなものが設置されている。それは、周囲の空間そのものを歪ませるほどの、禍々しい紫色のオーラを放っていた。第八話で、街で放たれた光の槍が、この場所に突き刺さり、遺跡全体を汚染しているのだ。
そして、その炉を守るように、一体の巨大な人影が、静かに佇んでいた。
全長は五メートルを超え、背中には、黒く焼け焦げたような、六対の金属の翼が生えている。純白であっただろう鎧は、紫色の紋様に蝕まれ、その手には、混沌の炎をまとった巨大な剣が握られていた。
「遺跡の……守護者……?」
セレンは、その姿に見覚えがあった。遺跡の入り口の壁画に、同じ姿の存在が描かれていたのだ。それは、天空の民に仕え、この聖域を守護していたという、最高位の自動人形(オートマタ)――「機械仕掛けの天使」。
しかし、今、目の前にいるそれは、聖なる守護者などではなかった。混沌の力に汚染され、その瞳に、憎悪と破壊の光だけを宿した、無残な成れの果てだった。
「ふむ。自己修復機能と、高度な戦闘アルゴリズムを備えた番人か。興味深い」
レギウスが、敵の戦力を冷静に分析する。
「へっ、天使だか悪魔だか知らねえが、ただのデカいブリキの人形じゃねえか。俺の拳で、スクラップにしてやるぜ!」
ライガが、闘志をむき出しにして前に出る。
その瞬間、汚染された守護者が動いた。
その動きは、機械とは思えないほど滑らかで、そして、あまりにも速かった。
キィィィンッ!
守護者が振るった混沌の剣を、ライガが腕で受け止める。凄まじい衝撃波が、玉座の間全体を揺るがした。
「ぐっ……! こいつ、見た目以上にパワーがあるぜ!」
ライガの筋肉が、悲鳴を上げるように軋む。
「ライガ、下がるんだ!」
レギウスが、ライガを突き飛ばし、代わりに守護者の前に立ちはだかる。二人の間で、常人には目で追うことすらできない、超高速の攻防が始まった。
拳と剣がぶつかり合うたびに、火花と衝撃波が散る。
「すごい……」
セレンは、その次元の違う戦いを、ただ見守ることしかできなかった。レギウスとライガの筋肉をもってしても、敵は一歩も引かない。それどころか、守護者の剣技は、二人の動きを学習するかのように、徐々にその精度と速度を増していく。
「まずいな。このままではジリ貧だ」
レギウスは、守護者の猛攻をいなしながら、的確に状況を判断する。
「この守護者の力は、あそこにある汚染源から、常に供給されている。あれを止めない限り、敵は無限に再生し、そして強くなり続ける!」
「じゃあ、どうするんだよ! こいつを倒さねえと、炉に近づけねえ!」
ライガが叫ぶ。
その時だった。
守護者が、これまでとは違う動きを見せた。六対の黒い翼を大きく広げ、その体から、禍々しい紫色のオーラを、奔流のように解き放ったのだ。
「あれは……!」
セレンは、そのオーラを見て、はっとした。
それは、自分をずっと苦しめてきた、不運の気配。そして、自分の血に流れる『楔』の力と、正反対の性質を持つ、純粋な混沌のエネルギー。
(あの力を、どうにかできれば……!)
セレンは、守護者から放たれる混沌のオーラを、食い入るように見つめた。
そして、自分の内なる声に、再び耳を澄ませる。
(私に宿る『楔』の力は、元々は、あの混沌を律するためのもの。封印を弱めるだけの力じゃない。世界の秩序を守るための力のはず……!)
彼女は、一つの可能性に賭けることにした。
守られるだけじゃない。自分も、この戦いに、参加するのだ。
「二人とも、私に考えがあります!」
セレンは、二人の戦いの渦中へと、覚悟を決めて叫んだ。
「私が、あの守護者の動きを、一瞬だけ止めます! その隙に、二人で、汚染源を破壊してください!」
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