第九話:混沌の空域を翔ける【後編】
「準備完了だ」
「ああ、いつでもいける」
レギウスとライガの準備が整った。その肉体から発せられる闘気は、周囲の混沌としたオーラをものともせず、まるで陽炎のように立ち上っている。
「目標、遺跡東側テラス! 変異魔獣の群れ、第二層と第三層の間に、3.2秒間だけ航路が開く!そこを狙う!」
レギウスが、風の唸りにも負けない大声で最終確認を行う。
「おうよ!」
ライガは、覚悟を決めた顔のセレンを、再びその逞しい腕に横抱きにした。
「いくぜ、嬢ちゃん! 史上最高のフライトだ!」
セレンは、今度は悲鳴を上げなかった。ただ、ライガの腕を、そして彼が着ている革鎧を、爪が食い込むほど強く、強く握りしめた。
レギウスが、大地に根を張るように深く腰を落とす。彼の両脚は、この星そのものを射出台とするかのように、凄まじいエネルギーを溜め込んでいた。
ライガとセレンを乗せた巨大な筋肉の射出台が、目標を空の一点に見定める。
「発射(ファイア)ッッ!!!!」
轟音。
山頂が、揺れた。
ライガに抱えられたセレンは、一つの砲弾となって空へと撃ち出された。
前回とは比較にならないほどの、暴力的なまでの加速。紫色の暗雲の渦へと、三人は一直線に突っ込んでいく。
視界が、一瞬、闇に閉ざされる。
しかし、すぐに、目の前に地獄のような光景が広がった。
おぞましい姿の変異魔獣たちが、彼らを異物と認識し、四方八方から殺到してくる。鋭い爪、毒を滴らせる牙、不気味な鳴き声。
「ちっ、鬱陶しい!」
ライガは、セレンを片腕でしっかりと抱えたまま、空いた方の腕で、迫りくる魔獣を殴りつけた。空中で、体勢もままならないはずなのに、その一撃一撃は正確に魔獣を捉え、肉塊へと変えていく。
だが、数が多すぎた。
一匹を倒しても、次から次へと、波のように押し寄せてくる。
ついに、一匹のひときわ大きな、蝙蝠(こうもり)のような魔獣が、防御の隙を突いて、セレンの顔めがけてそのカギ爪を振り下ろした。
「!」
ライガは、セレンをかばうため、とっさに自分の背を向けた。その背中に、魔獣の爪が食い込む。
「ぐっ……!」
その時だった。
「させませんっ!」
セレンは、恐怖を振り払い、腰のショートソードを抜くと、ライガの背中に爪を立てる魔獣の目玉めがけて、渾身の力で突き刺した。
「ギエエエエエッ!」
魔獣が、甲高い悲鳴を上げて身をよじる。
セレンの、か細い、しかし、勇気を振り絞った一撃。それが、ほんの僅かな隙を作った。
その隙を、見逃す者がいるはずもなかった。
下から、凄まじい勢いで追い上げてきた金色の閃光が、その巨大な魔獣を、下から突き上げるようにして粉砕した。
レギウスだった。
「航路確保! 問題ない!」
彼は、空中で体勢を整えると、先行するライガとセレンの道を切り開くように、周囲の魔獣を拳圧だけでなぎ払っていく。
やがて、三人は魔獣の群れを完全に突破し、禍々しいオーラを放つ遺跡のテラスが、目の前に迫っていた。
「着地するぜ! 衝撃に備えろ!」
ライガの言葉と共に、三人の体は、脈打つような不気味な石畳の上へと、凄まじい勢いで着地した。
ズウウウウウンッッ!!!
遺跡全体が、彼らの着地の衝撃に揺れる。
セレンは、数秒遅れてやってくる衝撃に耐えながら、なんとか自分の足で立った。吐き気も、眩暈も、前回よりずっとましだった。なにより、最後まで、目を開け続けていられた。
「……やった」
セレンは、自分の掌を見つめた。まだ、震えている。でも、確かに、自分も、戦ったのだ。
「へっ、やるじゃねえか、嬢ちゃん」
ライガが、背中の傷から血を流しながらも、ニヤリと笑った。
「うむ。君の勇気が、我々の勝利への道を切り開いた。素晴らしい判断だった、セレン殿」
レギウスも、穏やかに頷く。彼の治癒術の光が、ライガの背中の傷を優しく癒していく。
三人は、改めて、変貌してしまった遺跡を見渡した。
美しい彫刻が施されていたはずの壁は、血管のような紫色の紋様が走り、まるで生き物のように、ゆっくりと脈打っている。空気はよどみ、耳障りな低い唸り声が、遺跡の奥から響いてきていた。
ここが、新たな戦場。
混沌に汚染された、天空の闘技場。
ライガが、ゴキリ、と拳を鳴らした。
「面白え。掃除のしがいがありそうだぜ」
三人は、覚悟を決めた顔で、遺跡の暗い入り口を見据えた。
彼らの、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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