第八話:筋肉vs魔法、そして汚染の狼煙【後編】
絶望的なまでの魔力の奔流が、セレンを守る二つの巨大な肉壁に激突した。
轟音と閃光が、時が止まった街路を包み込む。
「まずは火遊びか! ぬるいな!」
ライガは、自分に向かってきた巨大な炎の球を、真正面から殴りつけた。凄まじい拳圧は、炎が彼の筋肉に触れるよりも早く、その熱と形を完全に吹き消してしまった。
「ふむ。冷却エネルギーの圧縮率が低い。結晶構造にもムラがあるな」
レギウスは、飛来する鋭い氷の槍を、こともなげに素手で掴み取ると、その組成を冷静に分析。次の瞬間、指の力だけで、ダイヤモンドより硬いはずの魔法の氷を、ただの雪のように粉々に砕いてみせた。
雷の矢は、二人の鍛え上げられた肉体に当たってバチバチと無害な火花を散らすだけ。風の刃は、皮膚に浅い白い線を残すのみで、すぐに霧散した。地面から突き出した岩の魔法陣も、二人が軽く足踏みしただけで、いとも簡単に砕け散る。
「な……馬鹿な……!?」
「我々の全力魔法が、全く通用しないだと……!?」
ローブの魔術師たちに、初めて動揺と、生物の根源的な恐怖に近い感情が浮かぶ。彼らの持つ『理』の全てが、目の前の、あまりにも非常識な『力』によって、蹂躙されていく。
「どうやら、おしゃべりは終わりらしいな」
ライガが、指の骨をポキポキと鳴らしながら、一歩前に出た。
「ああ。次は我々の番だ」
レギウスも、静かに構えを取る。その全身の筋肉が、次なる「対話」を求めて、喜びに打ち震えているかのようだった。
魔術師たちは、恐怖に駆られ、再び杖を構えようとした。しかし、そのリーダー格の男は、意外にも、攻撃ではなく、自らが持つ杖を高く掲げた。
「――素晴らしい『力』です。あなた方のような存在を、力でねじ伏せることが我々の目的ではない」
男は、初めて感情らしきものを声に滲ませた。それは、畏敬と、そしてほんの少しの憐憫だった。
「あなた方の『力』は、古い世界の理。我々が目指す、新しい世界の『調律』の前では、いずれ滅びるべきものなのです」
リーダー格の男がそう宣言すると、彼を含む五人の魔術師は、一斉に詠唱を再開した。
しかし、それは攻撃魔法ではなかった。彼らの足元に広がっていた魔法陣が、攻撃の時の赤い光ではなく、禍々しい紫色の光を放ち始める。
「しまった!陽動か!」
レギウスが、いち早く敵の真の狙いに気づいた。
「この術式は攻撃用ではない……! 長距離干渉魔術! 何かを起動させるためのものだ!」
ライガが術者たちを止めようと駆け出すが、もう遅い。
「目覚めなさい、古の塔よ。そして、世界に混沌の狼煙を上げるのです!」
五人の魔力を全て注ぎ込み、術式が完成する。
魔法陣の中心から、凝縮された紫色の光の槍が、天に向かって撃ち出された。それは、遥か彼方、空の果てを目指して、一直線に飛んでいく。
目的を果たした魔術師たちは、満足げな笑みを浮かべると、その体が影のように揺らめき、跡形もなく消え去った。
彼らが消えると同時に、止まっていた街の時間が、再び動き出す。
人々の喧騒が、何事もなかったかのように戻ってきた。後に残されたのは、アスファルトに刻まれた魔法陣のかすかな残光と、呆然と空を見上げる三人だけだった。
その直後。
ギルドの方角から、けたたましい警鐘の音が鳴り響いた。
一人のギルド職員が、血相を変えて三人の元へと駆け寄ってくる。
「大変です、マッスル・ラックの皆さん! 王都の魔術観測所から、緊急連絡です!」
職員は、息を切らしながら、震える声で続けた。
「数週間前にあなた方が発見した、あの『天空の遺跡』に、先ほど、正体不明の強大なエネルギーが直撃! 遺跡全体が、禍々しい紫のオーラを放ち始め、制御不能の状態で、周囲に混沌とした魔物を生み出し始めた、とのことです……!」
三人は、顔を見合わせた。
あの襲撃も、圧倒的な魔法攻撃も、全てはこのための時間稼ぎ。敵の真の目的は、天空の遺跡を、厄災の封印を弱めるための「混沌の塔」として、再起動させることだったのだ。
セレンは、遥か遠い空を見上げた。
そこには、肉眼では見えないはずの、破滅の光景が、確かに見えているような気がした。
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