第六話:空飛ぶ遺跡と人間カタパルト【後編】

数日後。

マッスル・ラックの一行と、依頼主の学者は、天空の遺跡の真下に位置するという、高地の山頂に立っていた。

空気は薄く、吹き抜ける風は肌を刺すように冷たい。見上げれば、巨大な空飛ぶ島が、まるで神々の御座のように、荘厳に浮かんでいた。


「本当に……やるのかね?」

学者は、遠巻きに、信じられないものを見るような目でセレンたちを見ていた。彼の常識では、これから行われることは、冒険ではなく、ただの集団自殺にしか思えなかった。


セレンも、気持ちは同じだった。

(なんでこうなったんだろう……)

彼女の目の前では、レギウスとライガが、入念な「準備運動」を行っている。


「まずは、この高地の薄い酸素に体を順応させる必要がある。肺のポンプ機能を最大化し、一回の呼吸で通常時の三倍の酸素を取り込むイメージだ!」

レギウスは、凄まじい勢いで深呼吸を繰り返している。そのたびに、彼の胸板が異常なまでに膨張と収縮を繰り返していた。


「よし!筋肉も温まってきたぜ!肩のインナーマッスルも完璧だ!」

ライガは、山頂にあった巨大な岩を軽々と持ち上げ、ショルダープレスを繰り返している。その岩は、馬車ほどの大きさがあった。


もはや、セレンは何も言うまいと固く決心した。ただ、ギュッと目をつぶり、自分の運命を、この規格外の筋肉たちに委ねることにした。


「ふむ、最終調整だ」

準備運動を終えたレギウスが、真剣な顔で言った。

「ライガ、私がシミュレーションした結果、君がセレン殿を抱えて跳躍した方が、空中での安定性が増すという結論に至った。私の役割は、君たち二人を、文字通り『砲弾』として射出することだ」


「なんだと!? 俺が飛ぶのか! そっちの方が面白そうだ、いいぜ!」

ライガはニヤリと笑う。セレンの意見は、一ミリも聞いてもらえない。


かくして、発射の時が来た。

ライガは、半ば諦めの境地で魂が抜けかけているセレンを、ひょいと横抱き(お姫様だっこ)にする。


「しっかり掴まってろよ、嬢ちゃん! 最高の景色を見せてやる!」


そして、そのライガとセレンを乗せるため、レギウスが大地に深く腰を落とし、両手を組んで巨大な「射出台」を形成した。彼の全身の筋肉が、まるで圧縮されたバネのように、ゴゴゴ……と不気味な音を立てて収縮していく。


「目標、天空の遺跡、西側のテラス!」

レギウスの声が、山頂に響き渡る。

「風速、角度、問題なし! 射出エネルギー、最大充填完了!」


「発射(ファイア)ッッ!!!!」


レギウスの咆哮と共に、彼の筋肉が爆発した。

凄まじい衝撃とG(重力加速度)が、セレンの体を襲う。彼女は悲鳴を上げることすらできず、意識を失いかけた。視界は一瞬で真っ白になり、風が轟音となって耳元を通り過ぎていく。


どれくらいの時間が経っただろうか。

ふと意識が戻った時、セレンは自分が空を飛んでいることに気づいた。眼下には雲海が広がり、目的地である天空の遺跡が、ぐんぐんと迫ってきていた。

自分を抱えるライガは、空中で「よし、軌道は完璧だ!」などと呟きながら、時折、腕や足の筋肉を微かに動かして、軌道を修正しているようだった。


「着地するぜ! 衝撃に備えろ!」


ライガの言葉と共に、二人の体は遺跡の端にある、苔むした石畳のテラスへと吸い込まれていく。


ズウウウウウンッッ!!!


地響きと、数千年物の石畳が砕ける派手な音を立てて、二人は着地した。

ライガは、セレンを庇うようにして完璧な三点着地を決めた。


「……う、うぇ……」


解放されたセレンは、その場にへたり込み、こみ上げてくる吐き気と、まだ回り続ける視界に耐えるので精一杯だった。


「へっ、大したことなかったな! さあ、探検の時間だぜ!」

ライガは、ケロッとした顔で、早くも遺跡の内部を物色しようとしている。


その時、ドスン!と、すぐそばで、もう一つ、重い何かが着地する音がした。

セレンがおそるおそる顔を上げると、そこには、レギウスが涼しい顔で立っていた。彼は、自分たちを投げた後、普通にジャンプしてここまで来たらしい。


「ふむ。この石材の構成……地上では見られない、極めて密度の高い物質だ。実に興味深い」


レギウスは、ライガが着地で砕いてしまった石畳の破片を拾い上げ、真剣な顔で分析を始めた。


セレンは、まだ地面にへたり込んだまま、その光景を眺めていた。

常識も、物理法則も、何もかもが通用しない。

この人たちと一緒にいる限り、自分の冒険は、きっとこれからも、こんな調子なのだろう。


不思議と、そのことに絶望は感じなかった。

ただ、とてつもない疲労感と、ほんの少しの呆れた笑いが、込み上げてくるだけだった。

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