第六話:空飛ぶ遺跡と人間カタパルト【中編】

「筋肉、ですか……」


セレンは、レギウスの言葉をオウム返しにすることしかできなかった。

空を飛ぶための手段の話をしていたはずなのに、なぜ結論が筋肉になるのか。この数々の冒険で、彼らの思考回路にはだいぶ慣れてきたつもりだったが、まだ理解が及ばない領域があるらしい。


「レギウスの言う通りだぜ、嬢ちゃん」

ライガが、ニヤリと笑って言った。

「ポーションだの、魔獣だの、そんなもんに頼るから話がややこしくなる。飛べねえなら、飛べる場所まで『行けば』いい。シンプルな話だろ?」


「行くって……どうやって……」


セレンが尋ねると、レギウスは学者の広げた地図と、セレンがまとめた資料を指さした。


「君の調査のおかげで、必要なデータは全て揃った。感謝する、セレン殿」

彼は、セレンの資料の中から、天空の遺跡の推定高度と、最もそれに近い山脈の山頂の位置を指し示す。

「この山頂から、遺跡までの直線距離、そして高低差。ここに、我々の筋力という変数を加えることで、解は導き出される」


「解……?」

「そうだ」


レギウスは、自信に満ちた表情で断言した。

「我々が、君をあの遺跡まで『投げる』」


「…………はい?」


セレンは、一瞬、自分の耳に筋肉が詰まったのかと思った。

投げる? 私を?

セレンが固まっていると、レギウスとライガは、さも当然のように、具体的な作戦を話し始めた。


「まず、私が土台となる。大腿四頭筋とハムストリングスを極限まで収縮させ、地面に強固な基盤を形成する。全身の筋肉を連動させ、地球の自転エネルギーすら利用するほどの安定性を確保するんだ」

「おう! そしたら俺が、お前の組んだ土台の上で、嬢ちゃんを抱えて跳躍する! 大臀筋から腓腹筋まで、下半身の全てのバネを使って、天を突く勢いでな!」

「いや、ライガ。君の跳躍力は瞬発力に優れるが、飛距離という点では、私に分がある。ここは私が跳躍(ジャンパー)を担当し、君には射出角度の微調整と、初速を最大化するための『押し出し』を任せたい」

「なるほどな! 俺の腕力で、お前の跳躍をさらに加速させろってことか! 最高に面白え!」


二人の会話は、セレンを完全に置き去りにして進んでいく。

それは、もはや作戦会議ではなかった。二つの巨大な筋肉が、互いのポテンシャルを最大限に引き出すための、共同トレーニングのメニューを組み立てているかのようだった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」

セレンは、慌てて二人の会話に割り込んだ。

「私を、投げる……? それって、つまり、人間をカタパルト(投石機)みたいに使うってことですか!? 無茶苦茶ですよ! 死んじゃいます!」


セレンの悲鳴に、二人はきょとんとした顔で振り返った。


「何を言っているんだ、セレン殿」

レギウスは、心底不思議そうな顔で言った。

「我々の筋肉の出力を、完璧に計算した上での結論だ。誤差は生じない。君は、寸分違わず、遺跡の安全な場所に着地することができる」


「そうだぜ。俺たちが投げるんだから、そこらへんのカタパルトよりよっぽど安全だ。なんたって、俺たちの筋肉には『心』がこもってるからな!」

ライガは、力こぶを作りながら力説する。


(筋肉に心がこもってるとか、そういう問題じゃない……!)


セレンは、頭を抱えたくなった。

だが、二人の目は、本気だった。彼らにとっては、人間を数キロメートル先の空飛ぶ島まで投げ飛ばすことは、少し頑張ればできる、ごく自然な物理現象の一つでしかないのだ。


説得は、不可能。

セレンは、これまでの経験から、それを痛いほど理解していた。

こうなったら、もう、腹を括るしかない。


「……分かり、ました」

セレンは、震える声で言った。

「もし、計算が狂って、私が谷底に落ちたり、遺跡の壁に激突したりしたら……」


「その時は?」

「呪いますから。末代まで」


セレンの精一杯の脅し文句に、二人は顔を見合わせると、豪快に笑った。


「はっはっは! 心配するな!」

「我々の筋肉を、信じろ!」


こうして、歴史上、最も原始的で、最も無謀な、天空遺跡への到達計画が、ここに決定したのであった。

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