第六話:空飛ぶ遺跡と人間カタパルト【前編】
パーティー『マッスル・ラック』の名は、良くも悪くも、ギルド内で急速に広まっていた。
「古代遺跡を発見したが、宝は呪いのアイテムで、最終的に遺跡は崩壊した」
「嵐の湖で、湖の主である巨大ナマズを討伐したが、どういうわけか湖の水が半分になった」
彼らが関わった依頼は、確かに達成はされるものの、その過程と結果が常識から著しく逸脱している。ギルド内では、彼らは「歩く天変地異」あるいは「筋肉災害(マッスル・ディザスター)」などと呼ばれ、畏怖と好奇の対象となっていた。
「おかげで、簡単な依頼が回ってこなくなりましたね……」
セレンは、ギルドの依頼掲示板の前で、深いため息をついた。薬草採取やゴブリン討伐といった、平穏な依頼の依頼主たちは、マッスル・ラックの名を聞くと、丁重に、しかし断固として断りを入れてくるのだ。
「ふん、小物が俺たちの筋肉の価値を分からんだけだ」
ライガは、興味なさそうに腕を組んでいる。
「問題ない。我々の能力は、より高難易度の依頼でこそ真価を発揮する。需要と供給のマッチングが、より最適な形に収束しつつあるということだ」
レギウスは、いつものようにポジティブに現状を分析していた。
そんな彼らの元に、ある日、一つの特別な依頼が舞い込んできた。
依頼主は、王都のアカデミーに所属するという、いかにも高名な学者だった。彼は、ギルドマスターに紹介され、三人の前に一枚のスケッチを広げた。
「これだ。数週間前、高地の山脈地帯で新たに観測された、『天空の遺跡』」
スケッチには、雲海に浮かぶ、巨大な島の影が描かれていた。島には、明らかに人工物と思われる、塔や城壁のようなものが見える。
「古文書によれば、かの地には数千年前に栄えたという『天空の民』の文明があったと記されている。もし、この遺跡がその一つであるとすれば、歴史を覆す大発見となる! 我々アカデミーは何としても調査隊を派遣したいのだが、最大の問題が一つあってな……」
学者は、困り果てた顔で言った。
「どうやっても、あの島にたどり着く手段がないのだ」
飛行魔法が使える高位の魔術師でさえ、高地の不安定な気流と、遺跡から発せられる未知の魔力の影響を恐れて、近づくことを拒んだ。飛竜やグリフォンといった飛行可能な魔獣のブリーダーたちも、危険すぎると首を縦に振らない。
「そこで、だ。君たちに白羽の矢が立った。『マッスル・ラック』は、不可能を可能にするパーティーだと聞いている。方法は問わん。何でもいい。とにかく、あの遺跡に到達し、安全に着陸できる場所を確保してほしい。もちろん、報酬は破格だ。これまでの君たちのどの依頼よりも、ゼロが一つ多いと約束しよう」
破格の報酬。歴史的な大発見。
セレンのトレジャーハンターとしての血が騒いだ。これこそ、自分が追い求めていた冒険だ。
「やります! やらせてください!」
セレンは、思わず身を乗り出して答えていた。
その日から、セレンの猛烈な調査が始まった。
ギルドの資料室に籠り、王都の図書館に通い、あらゆる「空を飛ぶ」ための手段を調べ上げた。古代の飛行機械の設計図、飛行魔法の呪文、希少な魔法アイテムの噂。あらゆる可能性をリストアップしていく。
数日後。セレンは、二人の前で調査結果を発表していた。
「……というわけで、いくつか方法は見つかったんですけど……」
彼女の表情は、暗かった。
「まず、三人で使える『飛行の魔法薬(ポーション・オブ・フライ)』。これがあれば確実ですが、材料が希少すぎて、今回の報酬を全てつぎ込んでも足りません」
「次に、飛行能力を持つ魔獣のレンタル。ワイバーンやグリフォンですね。これも、高地まで運ぶ輸送費と、危険手当で、現実的な金額じゃありませんでした」
「あとは……伝説級の魔法のアイテム、『飛天のブーツ』とか『虹の絨毯』とか……これは、もう、どこにあるかも分からないおとぎ話の類いです」
セレンは、調査報告書をテーブルの上に置くと、がっくりと肩を落とした。
「結論です。今の私たちでは、どうやっても、あの遺跡に行くことはできません。資金が、圧倒的に足りないんです」
夢のような冒険は、あまりにも現実的な「お金」という壁の前に、脆くも崩れ去った。
セレンが俯いて落ち込んでいると、ふと、隣の二人がやけに静かなことに気づいた。
顔を上げると、レギウスとライガは、セレンの報告など聞いていないかのように、窓の外に広がる空を、じっと見つめていた。
その目は、何かを計算し、何かを確かめているような、真剣な光を宿していた。
レギウスは、遠い空に浮かぶ雲の位置と、窓枠の角度を見比べながら、何かをぶつぶつと呟いている。
「……なるほど。あの山頂からの距離と、遺跡の高度を考慮すると、初速と射出角度はこれくらいが最適か……」
ライガは、空を見上げたまま、自らの太腿の筋肉を、確かめるようにパンパンと叩いていた。
「うむ。今日の脚のコンディションは最高だ。これなら、いけるな」
「……あの、二人とも、何の話をしてるんですか?」
セレンの問いに、二人はゆっくりと振り返った。
そして、レギウスが、さも当然のように、こう言った。
「セレン殿。君の、魔法や財力に基づく分析は論理的で素晴らしい。だが、最も原始的で、最も確実な解決策が、一つだけ抜け落ちている」
彼は、自身の太く逞しい脚を、ポンと叩いた。
「筋肉、だ」
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