第四話:呪いの宝と意外な報酬【後編】
「……結局、これだけ」
セレンは、地面に座り込んだまま、自嘲気味に呟いた。右手には、全ての元凶である呪いの腕輪が、まるで嘲笑うかのように鈍い光を放っている。命がけで手に入れた唯一の戦利品が、自分に死ぬほどの不運をもたらす呪いのアイテムだったのだ。これまでの苦労が全て水の泡となり、悔しさと情けなさで、今にも泣き出しそうだった。
「どうやら、『幸運を吸い取る呪いの腕輪』といったところだろうな」
レギウスが、腕についた埃を払いながら、冷静に腕輪を分析する。
「持ち主の運気を極端に下げ、周囲に不運をまき散らすタイプの呪具だ。おそらく、宝を盗んだ者への最後の罠、というわけだ」
「そんな……じゃあ、せっかく見つけたお宝が、ただの呪いのアイテムだったってことですか……?」
セレンの声が震える。もう、がっくりと肩を落とす気力も残っていなかった。
「もう、いりません、こんなもの!」
セレンは腕輪を地面に投げ捨てようとした。しかし、その瞬間、腕輪は彼女の手にねっとりと張り付くように絡みつき、離れなくなった。まるで、悪意を持った生き物のようだ。
「ひっ……! と、取れない!」
セレンがパニックに陥り、腕を必死に振る。だが、腕輪はびくともしない。
その様子を見ていたレギウスは、静かにセレンの前に立つと、その手からいとも簡単に腕輪を取り上げた。
「ふむ。確かに、強力な呪いだ。だが……」
レギウスは、取り上げた呪いの腕輪を、両手の親指でぐっと挟み込んだ。
「呪いの強度というものを、見せてもらおうか」
ミシミシ、と硬いはずの銀細工が、彼の筋肉の前で悲鳴を上げる。レギウスの親指の筋肉が、ありえないほどに隆起していく。
「私の筋肉の前では、いかなる呪いも無意味だということを、教えてやる」
バキィッ!!
乾いた破壊音と共に、呪いの腕輪は、中央の黒い宝石ごと、無残に砕け散った。
「…………」
セレンとライガは、そのあまりにも原始的で、あまりにも説得力のある解決法を、ただ呆然と見つめていた。
遺跡から命からがら持ち帰った唯一のお宝は、こうしてただの金属片になった。
結局、今回の冒険も、徒労に終わったのだ。
セレンの目に、ついに大粒の涙が浮かんだ。
◇
数日後。
冒険者ギルドの受付で、セレンは信じられないといった表情で、受付嬢から渡された報酬袋を握りしめていた。チャリン、と鳴る音は、ずっしりとした金貨の重みを物語っている。
「えっと……本当に、こんなにいただけるんですか?」
「はい! 未踏の古代遺跡の発見と、その内部構造の詳細な報告は、Aランク級の多大なる功績ですよ! しかも、内部の危険なトラップや番人ゴーレムまで無力化していただいたとのこと。これはギルドにとって、計り知れない価値のある情報です!」
受付嬢は興奮気味に、そして尊敬の眼差しでセレンたちに語る。
セレンたちは、宝を見つけられなかったこと、遺跡が最終的に崩壊してしまったことを正直に報告した。しかし、ギルドの評価はそこではなかった。彼らにとって、失われた古代遺跡の「発見そのもの」が、何よりも大きな宝だったのだ。
望外の報酬を得て、三人はいつもの酒場で祝杯を挙げていた。
「へっへっへ! まあ、これも俺の筋肉のおかげだな!」
「いや、私の的確な分析と、それに基づいた筋肉の運用があったからこそだ」
早くも始まった手柄のなすりつけ合い(?)をしている二人を横目に、セレンはエールをちびちびと飲んでいた。
呪いの腕輪は砕け散り、思わぬ大金まで手に入った。これほどの幸運は、生まれて初めてかもしれない。
「なあ、嬢ちゃん」
と、ライガが言った。
「こうなりゃ、俺たち、このまま正式にパーティーを組まねえか? お前みたいなツイてない奴と、俺たちみたいな筋肉があれば、結構いいチームになると思うぜ!」
「同感だ。セレン殿の不運は、時に我々が求める『スリル』という名の試練を呼び込み、それを我々の筋肉が解決する。実に合理的で、効果的な協力関係と言える」
「どこが合理的ですか……」
セレンは大きなため息をついた。だが、否定できないのも事実だった。この二人といると、最悪の事態にはなるが、なぜか最終的には(主に筋肉で)解決してしまうのだ。そして、なぜか結果的に、最悪の結末にはならない。
「いいですよ。組みましょう、パーティー」
セレンは、ヤケクソ半分、そして今まで感じたことのない期待半分で、頷いた。
「それで、パーティーの名前はどうしますか?」
「うーむ、そうだな……『マッスル・ボンバーズ』!」
「安直すぎる。ここはやはり『ザ・パーフェクトボディ』だろう」
「どっちも絶っ対に嫌です!」
セレンは、二人の壊滅的なネーミングセンスに頭を抱えた。そして、自嘲気味に、ぽつりと呟いた。
「……『マッスル・ラック』、とか」
筋肉(マッスル)と、幸運(ラック)。あるいは、不運(アンラック)の裏返し。
その名前を聞いた二人は、顔を見合わせ、そして満足げに頷いた。
「うむ! 素晴らしい名前だ!」
「筋肉と運! 最強の組み合わせじゃねえか!」
こうして、運のない少女と、二人の脳筋冒険者による、奇妙なパーティー『マッスル・ラック』が、ここに誕生したのだった。
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