第四話:呪いの宝と意外な報酬【中編】
「とにかく、出口へ戻りますよ!」
セレンは、呪いの腕輪をぎゅっと握りしめ、来た道を全力で走り出した。背後では、数千年の歴史を誇るであろう壮麗な広間が、容赦なく崩れ落ちていく。
しかし、本当の悪夢はここからだった。
三人が、かろうじて形を保っている階段を駆け上がっていた、その時。ひときわ大きな揺れと共に、天井の巨大な岩盤が剥がれ落ち、一直線にセレンめがけて落下してきた。
「セレン殿!」
レギウスの警告が響く。だが、避けきれない。セレンが死を覚悟した瞬間、彼女の背後を走っていたライガが、獣のような咆哮を上げて跳躍した。
「邪魔だッ!!」
ライガの拳が、落下してくる岩盤を真正面から打ち砕く。轟音と共に、凶器と化していた岩塊は、ただの砂利となって三人の周囲に降り注いだ。
「ぼさっとするな、嬢ちゃん!行くぜ!」
「は、はい!」
ライガに腕を引かれ、セレンは再び走り出す。
先ほどまで幻惑の胞子が舞っていた迷宮は、今やただの崩れゆく通路と化していた。四方八方から瓦礫が降り注ぎ、いつ床が抜けてもおかしくない。
そして、その「いつか」は、すぐにやってきた。
セレンが踏み出した一歩先の床が、何の前触れもなく、完全に抜け落ちたのだ。
「きゃっ!」
宙に投げ出されたセレンの体。しかし、奈落へと落ちる寸前、そのマントの襟首が、鋼鉄の万力のような力でぐいと掴まれた。
「むん」
隣を走っていたレギウスが、セレンの体を片腕で軽々と引き寄せ、安全な場所へと着地させる。
「興味深い。崩落の因果律が、セレン殿に集中しているように見えるな」
「分析してる場合ですか!?」
絶体絶命の状況で、あまりにも冷静なレギウスの言葉に、セレンは思わず叫び返した。
この短時間で、二度も命を拾った。偶然ではない。明らかに、この遺跡の崩壊は、セレン自身を狙って起きている。原因は、この手に握りしめた腕輪以外に考えられなかった。
(この腕輪、ただの自爆スイッチなんかじゃない……! 持っている人間の運を、最低最悪の状態にする呪いのアイテムなんだ!)
やっとのことで、ゴーレムと戦った広間まで戻ってきた三人。出口はもうすぐだ。
しかし、遺跡は最後の悪意を剥き出しにする。
入り口へと続く唯一の通路が、巨大な石の扉によって、ゆっくりと、しかし確実に閉じられようとしていた。あのままでは、完全に塞がれてしまう。
「まずい、間に合わない!」
セレンが絶望の声を上げる。
「いや」
「間に合わせる!」
レギウスとライガは顔を見合わせると、同時に頷いた。そして、常人では考えられない速度で、閉じゆく扉へとスプリントをかける。
ズズズズン……!と、重々しい音を立てて閉じていく扉の隙間に、二人は自らの肉体を滑り込ませた。
「「ぐおおおおおっっ!!」」
二人の筋肉が、何トンもの重さを持つ石の扉を、その肩と背中で、強引に受け止める。ミシミシと、彼らの骨が軋む音と、石の扉が悲鳴を上げる音が、崩落の轟音の中で混じり合った。
「嬢ちゃん、今のうちに行け!」
「早くしろ! さすがの俺たちの筋肉でも、いつまでもつか分からんぞ!」
「は、はい!」
セレンは、二人が文字通り命がけで作り出した隙間を、必死に駆け抜けた。
セレンが通り抜けたのを確認すると、二人は最後の力を振り絞り、扉を僅かに押し返して自らの体を引き抜く。
その直後、凄まじい轟音と共に石の扉は完全に閉ざされ、三人の背後で、遺跡は完全に沈黙した。
外の光が見える入り口まで、転がるようにしてたどり着く。
雨上がりの、湿った土の匂いがした。
三人は地面に倒れ込み、肩で息をする。全身は埃まみれで、あちこちが痛む。それでも、生きていた。
「助、かった……」
セレンは、震える声で呟いた。
そして、自分の右手を見下ろす。そこには、元凶である呪いの腕輪が、まるで勝利を誇るかのように、妖しい輝きを放っていた。
これほどの危険を冒し、九死に一生を得て、手に入れた宝の正体が、自分に死ぬほどの不運をもたらす呪いのアイテムだった。
セレンの目に、じわりと涙が滲んだ。
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