第四話:呪いの宝と意外な報酬【前編】

幻惑の胞子が完全に晴れた迷宮の最奥で、三人はついに最後の扉へとたどり着いた。

レギウスが扉に刻まれた古代ルーンを「筋肉との対話」によって解読(?)し、重々しい石の扉を開けると、そこには静かで荘厳な空間が広がっていた。


そこは、誰かの墓所、あるいは祭壇のようだった。壁には英雄譚と思わしきレリーフが刻まれ、天井は高く、ドーム状になっている。

そして、その部屋の中央、一段高い台座の上に、ぽつんと一つだけ、豪奢な装飾が施された宝箱が置かれていた。


「ついに……!」


セレンの声が、期待に震えた。これまでの苦労が報われる瞬間が、すぐそこまで来ている。偽物の地図から始まった冒険だったが、本物の、古代の宝が今、目の前にあるのだ。


「よし!さっさと開けようぜ!」


ライガが逸る心を抑えきれずに駆け寄ろうとするのを、セレンが慌てて制止した。


「待ってください! トレジャーハンターの常識ですけど、こういうお宝には大抵、罠が仕掛けられています!」


セレンは慎重に宝箱に近づき、周囲の床や、箱そのものに仕掛けがないかを注意深く観察する。針が飛び出したり、毒ガスが噴射されたり、あるいは床が抜けたり。宝を守る罠は多種多様だ。


「ふむ。セレン殿の言う通りだ。ここは専門家に任せよう」


レギウスも、宝箱を分析するように見つめている。

セレンは、慣れた手つきで細い金属棒を取り出し、鍵穴と思わしき部分にそっと差し込んだ。内部の構造を探り、慎重に、しかし的確に操作していく。

数分後、カチリ、と小さな音を立てて、宝箱の錠が開いた。


「……よし、開きました」


セレンは安堵の息をつき、ゆっくりと宝箱の蓋を持ち上げた。

ギィィ……と、古びた蝶番が軋む音を立てて、蓋が開かれる。

三人は、息を呑んでその中を覗き込んだ。


宝箱の中は、上質なビロードが敷き詰められていた。そして、その中央に、ただ一つだけ。

禍々しいほどに美しい、一つの腕輪が収められていた。

ねじれた銀細工で作られたそれは、まるで闇の雫を固めたかのような、漆黒の宝石が中央に嵌め込まれている。その宝石は、カンテラの光すら吸い込むかのように、深く、どこまでも暗い。


「これだけ……?」

ライガが、少しがっかりしたような声を出す。金貨や宝石が山積みになっている様を想像していたのだろう。


「待て。この腕輪、尋常ではない魔力を感じる」

レギウスは、その腕輪から目を離さない。


「ええ……。すごい、こんな綺麗な宝石、見たことない……」


セレンは、その腕輪の魔的な美しさに完全に心を奪われていた。

これ一つあれば、しばらくは宿代にも食事にも困らないだろう。銅等級(カッパーランク)から、一気に銀等級(シルバーランク)に昇格できるかもしれない。これまでの不運な冒険者人生が、全て報われる。

そんな甘い考えが、彼女の頭をよぎった。


彼女は、吸い寄せられるように、そっと腕輪に指を伸ばした。

レギウスの制止の声も、自分の心の奥底で鳴り響く警鐘も、今の彼女には聞こえなかった。


そして、

セレンの指先が、ひんやりとした腕輪の金属に触れた、その瞬間だった。


ズンッ……!


地鳴り、というにはあまりにも低い、腹の底に響くような振動が、遺跡全体を揺るがした。

天井から砂や石がパラパラと降り注ぎ、三人が立つ黒曜石の床に、ピシリ、と一本の亀裂が入った。


「な、なんだ!?」

「まずい! 何かが作動したぞ!」


セレンは、はっと我に返り、パニックになりながらも、とっさに腕輪を掴んで宝箱から取り出した。

それが、最後の引き金だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


地鳴りは轟音へと変わり、遺跡全体が崩壊を始める。台座は大きな音を立てて床下へと崩れ落ち、壁のレリーフは砕け散り、天井の魔石が火花を散らしながら落下してくる。

宝に仕掛けられていた罠は、宝箱そのものではなく、宝がそこから持ち去られることによって発動する、遺跡全体の自壊プログラムだったのだ。

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