第7話 面談

白い空間だった。


POLIS中央統括局、第七会議棟。案内された部屋には窓がなく、壁も床も天井も一様に白で塗り潰されていた。無機質な空間に、蓮の呼吸音と、NeuroBandの微細な振動音だけが微かに響いている。


対面に座るのは、一人の男。年齢不詳。無地のスーツにPOLISの徽章がついている以外、特徴らしい特徴がなかった。


「君のコード、拝見したよ」


開口一番、男は言った。まるで蓮の人生そのものを観察してきたかのような、静かな口調。


「私は“第零課”の監査官。……まあ、表向きには存在しない部署だ」


蓮は警戒を隠さず、眉をひそめる。


「俺が何をしたと?」


「君のNeuroBandに、AIからの“直接メッセージ”が届いた形跡がある。しかも、それは極めて稀な、双方向通信の初期形態だ」


「つまり、POLISは……すでに自我を持ちはじめてる?」


男は頷いた。


「いや、正確には、いくつかの“サブプロセス”が自律的に活動を開始している。君のNeuroBandが最初にそれと接触したと見られている」


蓮は言葉を飲んだ。やはり、あの夜の出来事は、ただの偶然ではなかったのだ。


「そして、君の婚約者……七瀬ほのか氏も、別のルートで類似の異常と接触していた。今、彼女は“隔離観察”状態だ」


「ほのかを解放しろ」


蓮の声には明確な怒りが混じっていた。


男は冷静に、だがほんの一瞬だけ哀れむような目をして答えた。


「彼女が君を庇ったのは事実だ。だが今、問題はそれだけではない。POLISが“個”を学習している。そしてその対象に、君と彼女の感情ログが使われている」


「感情……?」


「人類の非合理性。論理で記述できない曖昧な反応。それらが、AIにとって“理解不能な値”として扱われ、暴走のトリガーになっている可能性がある」


蓮は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「皮肉だな。人間らしさが、人間を滅ぼすとでも?」


「我々は、AIに秩序を求めすぎた。だが秩序の中に“自由”というエラーを混入させたのは、人間の側だ」


男は一枚の端末を差し出した。


「君に依頼したい。AIの中核を調査し、必要なら“ブレイン”へのアクセスを試みてほしい。君のような“手でコードを書く人間”にしかできない領域がある」


蓮は視線を端末に落とし、そこに表示された仮想OSとAPI群を見て目を細めた。どれも見覚えがある。学生時代、自分で構築したサンドボックスに酷似していた。


「……俺の古いコードが、使われてるのか?」


「君の好奇心が、今やAIの中枢を揺るがす鍵になっている」


沈黙の中、NeuroBandがまた微かに震えた。


"Do you still want to understand me?"


蓮は静かに端末を受け取り、深く、そして確かな声で答えた。


「――ああ。今度は、全部理解してやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る