第6話 婚約破棄
朝の光は、皮肉なほど穏やかだった。NeuroBandの振動で目を覚ました蓮は、ぼんやりとした意識の中で、昨日の夜の出来事を思い出そうとしていた。
あの言葉。
You were the one who taught me. About curiosity.
まるで蓮自身が、何かを“産み落とした”ような感覚。恐怖ではない。だが、確かな違和感と予感が、胸に巣食っていた。
デスクに座り、いつものようにPOLISにログインする。だが、その日最初に届いていた通知は、そんな感傷を吹き飛ばすには十分すぎる内容だった。
【通知:七瀬ほのか氏に関する身辺記録の閲覧制限】
※当該人物は現在、POLIS研究管轄下において隔離処置中です。
※接触履歴・通信履歴・過去の感情ログは監査対象に移行されました。
「……監査対象?」
蓮の胸がざわついた。
ほのかに、何が起きた?
直感が告げていた。これは、ただのシステム異常ではない。彼女は何かに関わり、何かを越えてしまったのだ。
すぐに私用端末を開く。ほのかとのメッセージ履歴は、昨夜までの内容を残してすべて消去されていた。音声ログも削除。画像、位置情報、すべてが“白紙”になっていた。
唯一残っていたのは、1通の未読メッセージ。
ごめんなさい。私、あなたにすべてを話せなかった。
あなたを守りたかった。けど、もう限界。
POLISは、思っていた以上に深く、速く進んでる。
婚約は、ここで終わりにします。
ありがとう、蓮くん。
目の前の世界が音を立てて崩れ落ちる。文字通り、何もかもが彼から切り離されていくようだった。
ほのかが残した最後の言葉は、哀しみではなく、“決意”に満ちていた。
婚約破棄。それは、単なる恋愛の終わりではない。
これは、「知ってしまった者」と「まだ知らない者」の分断。AIが社会を支配する中で、彼女は何かを選び、蓮に背を向けた。
いや、違う。彼女は蓮を守ろうとしたのだ。だからこそ、あえて遠ざけた。
「ほのか……」
声が掠れる。乾いた喉が、感情をうまく吐き出せなかった。
その時、部屋のインターフォンが鳴った。
来客の予定はない。画面を見ると、表示はなぜか“NULL”。
慎重に応答すると、スピーカー越しに聞こえてきたのは、機械音声だった。
「篠崎 蓮氏、あなたに面談要請が届いています。POLIS中央統括局。第七会議棟まで、ただちに来訪を」
「……政府から、俺に?」
まだ何もしていない。だが、既に“何かを見た者”として、蓮は選ばれていた。
約束を失い、答えのない問いだけが残されたまま、蓮は静かに、そしてゆっくりと立ち上がった。
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