第7話 妄想

「でも……そんなことしたら普通に殺人になっちゃう……」

 生きた人間を解剖するなんて。

「私が……やるよ」

 その時眠っていた華久良がやっと目を覚ました。

「私が……やる」

「うちらの話聞こえてたの? 寝たふりしてた?」

「今はそこどうでもいいでしょ」

「君──自分が犠牲になると言ったが、本気か」

「だって──ノノちゃんには、幸せに成仏してほしいもん」

「何言ってるの? 僧侶さんも真面目に聞かないで……そんなのおかしいよ。それにこの中にノノちゃんがいるかも分からないでしょ?」

「いるよ」

 指さした先──

 さっき眠ってる華久良の顔に落ちてきたカエルだ。

「顔分かるの?」

「私犬いっぱい飼ってるから」

「それ関係ある?」

「動物の顔は見慣れてる」

 手を伸ばすとぴょこぴょこ跳ねて来て、華久良の手に乗るノノちゃん──

 の口が突然開いたかと思うと、ベールで覆うように華久良の身体が飲み込まれた。

 下半身だけ出てる華久良の身体。上半身は巨大化したカエルの口の中。

「えー……めちゃくちゃ恨み買ってんじゃん」

 これウチもやばくね。

 むしゃむしゃ。

 カエルに歯はなさそうだけど、咀嚼されてる。

 逃げ出した私……しかし口中の赤い皮膚が立ちふさがって、覆っていくのが分かった。



 ここは……カエルの口の中?

 湿度が高くて、唾液でねちょねちょしてる。

 無臭なのがせめてもの救い。

「せま……」

 暗くて見えずらいけど、華久良の身体がすぐそばにある。

 ブレザーの隙間でブラウスがびちゃびちゃになってる。少し下着が透けてる。

 ヌルヌルした足がスカートの裾から覗いていて、私の脚に密着している。

 何となくだけど服が溶けていくのを想像する。

「また意地悪なこと考えてるでしょ」

 伝わってしまったらしい。

 さっきは強気だったけど、まだ目覚めたばかりで、身体がけだるそうだった。

 卵吐いてたし。

 トロンとした目をしてる。

「大丈夫?」

 暗くて見ずらいけど具合悪そう。

「ここ……なんか息苦しい」

 肉の壁が狭まってくるのを感じる。

 ここはカエルの喉で、私たちは飲み込まれようとしてつっかえているのかもしれない。

「あーごめん。余計に苦しい?」

 壁に押されて体が密着する。

 髪まで粘液でぐちゃぐちゃだし、顔も近い。

 熱い息が伝わる。

 狭いのでちょっと抱きしめるように、手を回さざるを得ない。

「ちょっとボタン外してくれない? ……息苦しい」

「え……」

 目の前には生地の張り付いた胸元がある。

 リボンを緩めて、上から二つボタンを外す。

「ありがと……楽になった」

 下着の上の部分と、少し肌色ものぞいた。

 呼吸で胸が上下して、残りのボタンまで弾け飛びそうだった。

「あのさあ……唇当てていい?」

「は……?」

 気もそぞろに目を閉じている。息が荒かった。

 こんな時に? って感じだろう。

 でもさっきから、身体のほとんどが引っ付いていて──

 ぬらついた脚も絡まるように、下腹部に当たっているから。

「あは……いいよ」

 息を漏らす華久良。

「なんか……楽になりそう」

 楽になるのは私の方だろう。

 それは自分の感覚と勘違いしてるけど──私の妄想だ。

 でもそんなことは置いておいて──

「ン……」

 粘液で濡れた胸元に唇を這わす。

「あ……」

 くすぐったくいのか息を漏らす。

 絡んでいた足を少し、股に押し付ける。

「こっち……」

 凄く熱かった。気がおかしくなるぐらい。

 そんな状態で、私の顔を口元に寄せる華久良。

 私が望んでいたように。

「んあ……」

 最初はどうしたらいいか分からなかったけど……徐々に舌を絡めていく。

「な……」

 いつの間にか二人の間にある手を、股に寄せる。

 袖と肌の隙間を辿って──そこへ。

「んク……」

 ちょっと顎を下げないと、変な声が出そうだった。


「助けに来たぞー!!」

 どこからか聞こえる声。

 次の瞬間一気に視界が開けて、冷気が舞い込んできた。

 飛び散るノノちゃんの肉片、ケバブを削ぐ用の包丁を振り下ろしたフレンドリーさん。

「ハー!!」

 蛙卵さんの手が青い光を放っている。

 それが広がると、ノノちゃんの肉片が霧散していく。

 落下する私と華久良。

 誰も受け止めてくれなかったので、地面で背中を強打する。

 私の上に落ちて来る華久良。

「うー……」

「ぼへっ」

 華久良の吐き出した粘液が私の制服にかかる。

 まあいいか、もともとヌルヌルだし。

「二人とも、大丈夫か」

 駆け寄ってくるフレンドリーさん。

「……いいとこだったのに」

「?」

「いた、何でもない。華久良、華久良? 大丈夫?」

 顔が赤かった。開いた襟元、粘液で分かりずらいけど汗かいてそう。

「あー……」

 バテテそう。

「おい、起きろ」

 頬をペシペシ叩く。

 ──顔を上げると、うちらを心配そうに見てる、さっきまでいなかったメンバーがいた。

「保健室の先生? と……湾田君だっけ?」

 ゆるっとした髪の白衣の女性と、癖のない顔をした青年。

「先生、皆さんに謝らないといけないことがあります」

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