第2話 コツコツと

「おっ! ゼル君おはよう! 毎日一番乗り、偉いね!」


 早朝の冒険者ギルド。「魔法師団宿舎の害獣の駆除」という地味な依頼票を持ってカウンターに行くと、元気な挨拶が飛んできた。


 声の主はギルドの女性職員で、名前はファム。ネコ科の獣人でいつも元気。愛くるしい見た目もあり、冒険者から大層人気があるらしい。


「おぉ~やっぱりこの依頼を持ってきたか~。本当にゼル君は地味な依頼ばっかり選ぶよね~」


 ファムは好奇心旺盛な猫目を俺に向ける。


「まだ、駆け出しだからな。無理な依頼は受けないようにしている」

「他の若い冒険者にも聞かせたいわ~。大体、ゼル君と同じぐらい子は無理に討伐依頼を受けて怪我するんだよね~」


 ファムの話には覚えがある。まだギルドの宿舎で寝泊まりしていた頃は、俺と同じような駆け出しが、毎日のように大怪我を負って運ばれていた。若者は挑戦と称して身の丈に合わないことをやりがち。


 俺も前世では散々やらかしてきた。その経験があるので、今は変に焦らずやれている。そもそも、目立ってもいいことないしね。


「魔法団の宿舎の場所わかる?」


 ファムが親切心から尋ねてきた。


「いや、行ったことない」

「だよね~。ファムお姉さんに任せなさい!」


 そう言ってファムはメモ用紙にサラサラと地図を描き、すっとカウンターに滑らせる。俺は地図を受け取り、礼をいうと、すぐにカウンターから離れた。


 すでに依頼カウンターには何人もの冒険者が列をなしていたからだ。


 どんどん人が増える冒険者ギルドの一階を抜け、王都エルヴァンの大通りを進む。王都には十字に大きな通りが整備されており、冒険者ギルドはその中心部にある。


 ファムの地図によると、今回の依頼元「黒焔魔法師団」の宿舎は王都の北西、貴族街のすぐ近くにあるようだった。


 徐々に起動し、騒がしくなり始めた大通りを宿舎に向けて進む。


 朝食の準備であちこちから食べ物の香りが漂い、俺の食欲を刺激する。冒険者ギルドに一番乗りをするためには、朝食を摂っている時間はない。昨日は夕飯も食べなかったので、腹が減っている。


 俺はいつも朝一に依頼を受け、なるべく早く片付けて朝食兼昼食を屋台で済ませることにしていた。


 昨日はアパートへの引っ越しがあったのでルーティンが乱れていたが、今日から立て直しである。


 そういえば、リュミンはまだ寝ているのだろうか? だいぶ泥酔していたようだが……。昼間から酒を飲んで酔いつぶれ、昼まで寝る。結構な身分だ。


 リュミンの気楽な立場に憤りを感じながら歩いていると、地図通りに「黒焔魔法師団」の宿舎が見えてきた。敷地の周りには黒鉄の頑丈そうな柵が張り巡らされており、門の前には門衛までいる。


 門衛に近付き、冒険者ギルドの印が押された依頼票を見せた。門衛は俺の足元から顔まで視線を上下させ、「若いな」と呟いた。


「あぁ。ベテラン冒険者は害獣駆除なんて依頼を受けないから、若手に回ってくるんだ」

「仕方がない」


 門衛は少し不満そうにしながら、俺を門の中に通した。


「あの事務所の扉を叩けば、係の者が出てくる」


 ぶっきらぼうな門衛の言葉に従い、敷地の中で一番小さな建物まで進み、扉を叩いた。すぐに返事があり、頭の禿げあがった職員が出てくる。


「おっ、害獣駆除の件かな? 昨日依頼を出したのに、もう来たの? はやいね~。では、要件を早速。魔法師団の宿舎、ほら、あの大きな建物にね、最近ネズミが住み付いちゃったみたいなの。夜になると屋根裏を走り回ったりして、五月蠅いらしくてね。かといって、魔法師達が魔法で退治しちゃうと、宿舎を壊しちゃうから。ウチの魔法団って威力重視で派手な魔法を好むメンバーが集まっちゃってるからね。うん。だから、宿舎にダメージを与えずに、ネズミを駆除してほしいの。やり方は任せるから、じゃ、頼んだよ」


 職員は早口でまくしたてると、直ぐに扉を閉めて事務所の中に引っ込んでしまった。あとは「勝手にしろ」ということだろう。まぁ、冒険者に対する扱いなんてこんなもんだ。


 俺はネズミが出るという宿舎に向かう。宿舎は木造二階建てで、かなりデカい。入口の扉を開けると、意外なことに人の気配がしなかった。


 すでに訓練の為に魔法師達は出払っているのだろうか?


「さて、どこから屋根裏に入るか」


 宿舎の中を進んでいると、中央部分に二階への階段があった。二階に上がると、階段のすぐ近くの天井に、点検口のようなものが見える。


「ここからだな」


 俺は周囲に人の目がないことを確認する。大丈夫。膝を曲げ、力を込めて垂直に跳躍。天井に左手の指先が触れたところで、【影縫い】で固定。右手で点検口の板をずらして、屋根裏の柱に指をかける。


【影縫い】を解除しつつ、腕の力で身体を屋根裏に引き上げた。当然だが真っ暗な空間。これでは俺の力は発揮できない。


 腰につけていた小型の灯りの魔道具を点ける。途端、多くの生き物の気配がした。ネズミだろう。


 屋根裏には人が十分立ち上がれるぐらいの高さがあった。灯りで照らしながら、ネズミの姿を探す。


「おっ、まず一匹」


 俺は灯りが生んだネズミの影を見つけては、遠隔で【影縫い】を発動させてその場に縫い付ける。そして近寄っては影に触れて、【影穿ち】でネズミの心臓を摘出。綺麗なネズミの死体をズタ袋に入れていく。


「もういないかな? 念の為、【影紋】」


 俺の足元の影が同心円状に広がり、屋根裏の隅々まで到達し、戻ってくる。


「よし。生物の影はなし。こんなもんか」


 ズタ袋の中のネズミの死体は二十三。随分と繁殖していたようだ。


 俺は点検口から下を覗き、誰もいないことを確認する。屋根裏に上がった時と逆の手順で床に降り、さっさと宿舎を後にした。


 事務所の扉を叩くと、すぐに出てきてまた早口。


「えっ! もうネズミを退治したの? この袋? わっ、こんなに居たんだ! これは夜、五月蠅いはずだね~。じゃ、依頼完了ってことでいいよ。ほら、依頼票だして出して。サインするから。またネズミが住み付いたら駆除を依頼するね! その時は頼んだよ!」


 無事、依頼完了である。



#



 冒険者ギルドで報酬をもらったあと、俺は大通り沿いの屋台を物色していた。


 王国中から集まった屋台料理は日々充実しており、屋台での食事は俺の地味な生活の中で一番の楽しみと言っても過言ではない。


「オクトパスボールだよ! どうだい!? 食べていかないかい!?」


 一際大きな声で客引きしていたのは、オクトパスボールの屋台だった。タコやタコのモンスターの身を小麦粉を融かした液体に包んで焼いたものだ。三百年前は丁度出始めで大層流行ったものだが、今となっては最早伝統料理である。


 そういえば、リュミンが好きだったな。


「おっさん。二人前」

「ま! い! ど!」


 朝食兼昼食なので、二人前である。


 癖のある礼を背中に浴びながら、大通りを南に進む。路地裏に入り、足早にアパートを目指す。


 アパートの前まで辿り着き、三階を見上げる。今更だが、上がるのが面倒くさい。


 オクトパスボールの入った袋をブラブラさせながら、鉄階段を踏む。カンカンカンという音が、昼食時のスラムに響いた。


 三階の部屋に入ると、まずベランダへと通じる窓を開ける。空気の入れ替えだ。念のため、ベランダに顔を出して横を見ると、俺と同じような恰好をしたリュミンがいた。二日酔いなのか、顔色が悪い。


 なんとなく、一声かけないと気まずいな。


「オクトパスボール、食べるか?」


 リュミンは一瞬、目を丸くする。そしてベランダに降りて、鉄柵の上に手を伸ばした。俺もベランダに降りる。


「たまには下賤な食べ物もよかろう」

「別に無理しなくていいぞ」

「いるから」


 俺の手から引っ手繰るようにオクトパスボールを取ったリュミンは、顔をプイとしながら部屋に入っていった。俺も部屋に戻る。


 何もない床に座り、朝食兼昼食を開始する。久しぶりに食べたオクトパスボールはまだ熱く、なかなかに美味であった。



#



■リュミンの日記


 昼近くに目覚める。昨晩の酒がまだ残っており、頭が鉛のように重い。少しでも新鮮な空気を吸おうと、窓を開けると、同じタイミングで隣のベランダにゼルが立っていた。


「オクトパスボール、食べるか?」


 食欲をそそるソースの香りがした。懐かしい。流行ったのはもう随分と昔だが、未だに屋台などでは出されているらしい。奴と一緒に巨大なタコのモンスターを狩り、特大のオクトパスボールを作って、どこかの国の王様に食べさせたことがあったな。どこの国だったかな……。


 忘れてしまった。魔法を使ったタイミングで記憶が消えてしまったのだろう。あの【呪い】のせいだ。


 奴との思い出を失うのが怖くて、魔法を使えなくなってから、そろそろ三百年が経つ。私は、いつまでこんな日々を送るのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月10日 09:40
2026年1月11日 09:40
2026年1月17日 09:40

隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない フーツラ @futura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ