隣の部屋に住む長命種は、俺が300年前に一緒にいた男の転生体であることを知らない
フーツラ
第1話 隣人
今世の俺の目標は「謙虚堅実にコツコツと生きる」だ。
300年前の俺は酷かった。レアスキルを授かったのをいいことに、好き勝手放題。やばい相方と一緒になって随分と世間を騒がせた。
その結果、ある依頼に失敗して29歳の若さで死亡。
太く短い人生。といえば聞こえはいいかもしれない。しかし、やり残したことは山ほどあり、死の間際では激しく後悔をした。
せっかく前世の記憶とスキルを受け継いで生まれ直してきたのだから、今世こそは「謙虚堅実にコツコツと生きる」と、赤ん坊の頃に決意したのだ。
今回、俺が生まれたのは中央大陸の南部にあるエウレリア王国のとある港町。漁師の家の三男として、十五歳まではそこで静かに暮らした。
しかし、家の漁業権を継げるのは長男のみ。次男と三男の俺は、漁師とは別の食い扶持を探す必要があった。
「生活に困ったら、とりあえず冒険者」というのは三百年前も今も変わらない。
俺は二十日ほど旅をして王都エルヴァンに到着。冒険者ギルドに登録して三十日、毎日馬車馬のように依頼をこなし、やっとギルドが提供する宿舎――駆け出しが雑魚寝する場所――から卒業出来ることになった。
つまり、自分でアパートを借りる余裕が出来たのだ。とは言っても、王都の外れにある、古びたレンガ造りの三階建てアパートの最上階だが。
普通の冒険者はアパートなんか借りずに冒険者向けの宿を定宿とすることが多い。一つの場所に留まらず、常に割のいい依頼を求めて移動するのが冒険者だからだ。
しかし、俺のモットーは「謙虚堅実にコツコツと」だ。王都周辺の依頼だけを地味にこなし、平穏に暮らす。その為には自分の家が必要。だから、古くてボロくて不便でもアパートを借りたのだ。
仲介屋から受け取った部屋の鍵を右手人差し指にかけて回しながら、アパートへと向かう。
賑やかな大通りから外れ、道が細くてジメジメとした路地裏へと足を向ける。
王都を四分割したら、南西。俗にスラムと呼ばれるあたりに、俺が住むことになったアパートはある。特に名前はないらしく、俺もアパートと呼ぶしかない。
「冒険者ギルドから結構距離あるなぁ……」
分かっていたことだが、つい口に出してしまう。俺は毎日冒険者ギルドに行って、雑用のような依頼をこなさなければならない。冒険者ギルドとスラムの往復はまぁまぁ怠い。
スキルを使ってしまえば一瞬なんだが、目立つのはよくない。地道に毎日歩くしかない。
これからのルーティンに思いを馳せているうちに、アパートに到着。外階段の前に立ち、見上げる。
もう百年以上前に建てられたそれは、レンガが風化していて、大きな地震でもくれば崩れてしまいそうだ。
俺は鉄製の外階段を静かに登り、三階に到着。
このアパートは一つのフロアに部屋は二つしかない。
階段からみて奥が俺の部屋だ。
廊下を静かに進んで自分の部屋の前に立つ。少し緊張しながら、ドアノブに鍵を入れて回す。扉が少々ガタつきながら、開いた。
埃と黴が混ざったような臭いが俺を出迎える。下見の時はそれほど感じなかったが、あれは仲介屋が事前に空気を入れ替えていたからかもしれない。
噎せそうになりながら、ガランとした部屋に入り、そのままベランダへと続く大きな窓を開く。
空気が流れ、若干だが部屋の臭いがマシになった。
これからは毎日、空気を入れ替えなければならない。壁や床もちゃんと拭き上げた方がよさそうだ。
キッチン兼洗面台の蛇口を捻ると、ちゃんと水が出た。給水の魔道具はしっかり機能しているらしい。一応、トイレも見ておくか……。
照明、キッチン、トイレ。念のため確かめたところ、これらは問題なく使えた。なんとか暮らしていけそうである。
「ベランダも見ておくか」
下見の時はベランダまでは見なかった。変な生き物が巣でも作っていると大変だ。
俺は開け放ったままの窓から、ベランダに足を踏み入れる。ベランダもレンガ造りで、手すりだけは鉄製だ。もちろん、錆びている。
軽く手すりに触れながら、下を覗く。
アパートの傍を歩くスラムの住人の頭頂部が見える。
気配を感じて横を向くと、隣のベランダに女の人がいた。
絹のように滑らかな金髪を風に靡かせながら、ぼんやりと宙に視線を漂わせている。
その横顔を見た瞬間、俺の心臓は俄かに早鐘を打った。いや、心臓だけではない。全身が危険を感知してブルブルと震え出した。
なんで……こんなところに……いるんだよ……!!
俺はすぐに女から視線を外し、部屋に戻ろうと――。
「おい」
女に声を掛けられた。
「……はい」
ここで無視するのは不自然だ。大丈夫。俺の見た目は前世とは違う。そもそも、転生なんて宗教の教義の中にあるだけ。俺が転生体だなんてバレるわけがない……。
そう言い聞かせながら、女の方を見る。
女は手すりに凭れ掛かりながら、じっとこちらを見ていた。その手にはロックグラスがあり、茶色い液体がみえる。表情から判断すると、昼間から酒を飲んでいたらしい。
「お前、引っ越してきたか?」
「……今日引っ越してきたゼルだ。よろしくな」
女はエルフの特徴であるピンと伸びた耳を搔きながら、口を開く。
「お前、私のことを昼間から酒を飲んでるヤバイ奴て思ただろ!?」
いやいや、その通りだろ! というか、お前がヤバイのは昼酒とかそーいうレベルじゃないから! 存在がヤバイから!
「そんなことはない。いつ酒を飲もうが、自由だと思う」
女はニヤリと口元を緩め、話しを続ける。
「その通り。ゼルはよく分かている。私の名はリュミン。記憶に留めることを許可する」
そう言って上機嫌にロックグラスを呷る女エルフ、リュミン。その名前は俺が三百年前に世間を騒がせていた頃の相方と同じだった。
いや、名前だけじゃない。エルフの中でも飛び切りの美形で、性格はとんでもなく横柄。あの頃と全く変わってない。
「ありがとう。リュミン。じゃ」
「待て」
部屋に戻ろうとしたところを引き留められる。
「ゼルは最近王都にきたのか?」
「あぁ。三十日ほど前かな。冒険者になるためにやってきた」
「そうか」
リュミンは酒を飲んでは話し掛けてくる。こいつ……酔っぱらって人恋しくなっているのか?
「どんな依頼をやている?」
「下水の掃除だったり、害獣の退治だったり、薬草集めだったり」
「地味だ」
リュミンは派手好きだった。爆裂魔法や雷魔法を好んで使うことから、「爆雷のエルフ」なんて呼ばれ方をしていた。
「俺はコツコツやるタイプなんだ」
「若い癖につまらない奴」
クソ……!? 今世では初対面にもかかわらず土足で踏み込んできやがる……。てか、なんでこいつはこんなボロアパートに住んでいるんだよ! もっといい所に住めるだろ!
「リュミンだって、こんな地味なアパートに住んでいるじゃないか」
「私は王都に幾つも家を持ている。そもそも、このアパートも私の持ち物。下々の者の暮らしを眺め、酒の肴にしている」
やべー奴! 全然、三百年前と変わってない!
「結構な趣味だな」
「褒められた」
褒めてねぇよ。
その後、俺はリュミンが「眠くなた。もういい?」と言うまで相手をさせられた。まるでこちらが引き留めていたような言いぐさだったが……。
「ふぅ……」
ようやくベランダから部屋に戻り、なにもない床に座り込む。どうする? 他のアパートを探すか?
「いや、そんな金はない……」
子供の頃から溜めていた金はアパート契約の一時金に使ってしまった。そもそも王都にここより家賃の安い物件はない。地味な依頼をこなしながら生きていくなら、ここより高い家賃は無理だ。
「まぁ、リュミンはたまにしかいないだろ」
泥酔して隣の部屋で寝ているであろう、リュミンに想いを馳せる。三百年前はどこに行くにも一緒だったし、いつも同じベッドで寝ていた。喧嘩別れする前までは……。
「そもそも今の俺はゼルだ。前とは違う」
そう自分に言い聞かせる。俺は「謙虚堅実にコツコツと生きる」のだ。流されてはならない。出来るだけ、リュミンとは距離を取ろう。
だいたい、三百年前に別れた男の転生体に「実は前世で付き合っていたんだけど、覚えてる?」とか言われたら、引くよな。
「えっ、全然覚えてないけど……。キモっ」とか言われそう。というか、リュミンの性格なら絶対言うよな……。やめやめ。絶対言わない。
俺は野営用の寝袋を床に広げ、眠くもないのに横に転がって瞼を閉じた。
#
■リュミンの日記
スラムの我が眺望塔(アパート)に、新しい住人がはいった。名はゼルというらしい。王都では珍しい黒髪の若者で、つい最近やってきたそうだ。
歳を聞くとまだ十五だというのに、随分と落ち着いている。超絶美形エルフである私に対しても緊張した様子はなく、しっかり言い返してくる。
なぜこの私の所有するボロ屋を選んだのか聞いてみたが、「謙虚堅実にコツコツと生きる」ためだと。若い冒険者なんて、無鉄砲な馬鹿ばかりだと思っていたが、ゼルは人生観まで落ち着いていた。
かつて私と一緒に無茶をしてサクッと死んでしまった馬鹿に聞かせてやりたい。そういえば、奴も黒髪だったな。
久しぶりに思い出してしまった。よくない。
今日は飲み過ぎたみたいだ。寝る。
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