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「落ち着いて下さい、富貴夫人、お嬢さん。ところでお聞きしますが、この帯留めは何でできているとお思いです」

「ダイヤモンドでしょう。こんなに見事なダイヤは、私も娘も見たことがございません」

「そうですか。これは紛れもなく、硝子なのですけれどね」

「まあ、ご冗談を」

「いいえ、正真正銘、硝子です。今までお話しした中で、私や従者がこれをダイヤだと申したことがございましたか」


 露路が真顔で、あまりにも淡白に言ってのけるので、辰代達も認めざるを得なくなった。同時に、帯留めへの執着も急速に薄れていった。


「馬鹿馬鹿しいわ。硝子玉を秘宝だなんて、私達を担いでいるんだわ」

「瑶子みたいな貧乏な感性の娘には、硝子でちょうどいいってことだよ、若子。却ってよかったじゃないの」

「本当ねえ」


 鷹揚に椅子にふんぞり返る母娘。怜は両手を広げて肩を竦めた。


「やれやれ、感性が貧弱なのはそちらだと申し上げたい。これは、我が如月が世界に誇る『如月硝子』の最高峰で、世界中の富裕層が争って買い求めようとするほどの品なのです。如月には、最高級の硝子装飾品である『月光露』シリーズがございますが、それを遥かに凌駕する価値がございます。値段をつけるとするならば、高品質のダイヤモンドにも劣らないでしょう」

「まあ!」


 俄かに身を乗り出す若子。その手は無意識のうちに、鉤のごとく指先を曲げて、テーブルの上を進んでいく。瑶子の方へと……。


 一早く気づいた露路が掴んで引き留める。


「決して、あなた方には渡しません」

「うっ……」

「先程も申しましたが、この帯留めは如月家の秘宝。手にできるのは如月家の者と、ごく親しい間柄の者のみです」

「何よ、こんな田舎の卑しい小娘なんかに!」


 若子の、曲げた指先が強張る。滑らかなテーブルの表面に、爪が立つカリカリという音が微かに響く。露路の手はなおも強く、彼女の手首を抑えつけている。


「瑶子より私の方が『上』なんだから。その帯留めだって私の方が似合うに決まっているし、如月家の妻の座だって私の方が相応しいのに……」

「あなたはご自分のことばかりですね」


 怒りよりも軽蔑よりも、哀れみの滲んだ露路の声、そして眼差し。その方が、怒鳴られたり罵られたりするより、どれほど鋭利に、またどれほど深く、若子の心を抉ったか知れない。


「あなたには考えがない。本物と偽物――いや、大切なものとそうでないものの違いも知ろうとせず、ただ人々が群がり羨望するものを無条件に追い求めるだけ。そんな、意思のまるでない人間など、私は御免こうむります。……私はよく考慮した上で、この瑶子さんを妻にすると決めたのですから、これ以上彼女を侮辱するのは止めていただけませんか。それは、私の決断をも辱めることにつながるのですから」


 醜く爪を立てていた若子の指は、徐々に、掌の内側へとしまわれていった。

露路が抑えていた手をどけても、なお、そこには堅く握られた拳があった。握りしめすぎて白くなった拳は、今、喉の奥から漏れる嗚咽に合わせて小刻みに震えている。


「若子様」


 小さく呼びかけた瑶子。テーブルの上の白い拳を、自らの両手で柔らかく包み込む。あとは何も言わない。


 この光景をじっと見つめていた紗百合は、ふと父の邦明の耳元に口を寄せた。


「パパ、央間氏はまだ来ないの?」

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