4
「……思い出されましたかね。この木彫りの品があなた方の手にあったことを。しかしながらこれは、我が家の宝を秘めた大切なもの。勿論のこと、門外不出のはずでした。それがなぜ、あなた方のもとに存在したのでしょうね?」
「それは……」
「私の従者が理由をよく知っておりますから、彼から説明申し上げましょう」
主人の合図とともに、怜が進み出る。人々の目は、長髪と仮面という奇怪な出で立ちの彼に集まる。
彼が人前で仮面を外すのは、今日で二度目である。一度目は、生命の恩人たる瑶子と、紗百合に己の正体を明かしたとき。二度目の今日は、家族を死に至らしめた敵への復讐のためだ。彼の手は以前と同じく、震えを帯びながらゆっくりと顔に向かったが、それは、もうすぐ宿願を達するのだという緊張感から来ていた。決して、恐れや羞恥からではない。
彼の手が、仮面を捉えた。と思う間もなく激しい勢いでかなぐり捨てられる。
「キャアッ!」
紺青色のあざが広がった顔の左側。右側は長い黒髪に覆い隠されていたが、彼はそれをもぐいとかき上げてみせた。凄惨な火傷の痕が露出する。
悲鳴を上げた辰代と若子とは、しかしながら、彼の顔から目を逸らすことができない。万感の思いを込めた瞳が鋭く、ぎらぎらと、まるで射るように二人を睨めつけているからである。
「忘れたとは言わせない」
ある日突然、彼の住処に富貴村の役人が来て、彼含めた家族全員が引っ立てられ、罪状も知らされぬまま火あぶりにされた。彼の家は市の外れにあり、如月家の宝飾品を作る職人の工房も兼ねていたが。
「今この場で、あなた方富貴家の者の口から、直接聞かせてもらおう。なぜ村の外に住む私達を襲った?」
「……」
「私達が何の罪を犯したというんだ? わざわざ夜間に不意討ちしなければならないほどの危険な罪なのか?」
「……」
「私達の家にあった、貴重な宝飾品も持ち去られた。それらはどこにやった?」
「そんなもの知らない」
利男が震え声で呟く。その視線や表情から、恐らくは辰代夫人に手の甲をつねられている。辰代は先程悲鳴を上げたのをけろりと忘れたように、傲然と怜の面を見返している。対する怜も、辰代を見やる。蔑視と蔑視の交錯。
「おお、おぞましい顔だこと。生まれつき?」
わざと身震いしてみせながら、辰代は尋ねた。
「あざは生まれた時から。火傷は、あなた方の村で火あぶりにされた時から」
「火あぶりにされてよく死ななかったのね。幸か不幸かわからないけど、ホホホ……」
「こちらの瑶子様が生命を賭して助けて下さった。お嬢さんはその場にいて、覚えているだろう」
視線を投げられた若子は縮み上がった。忘れかけていた過去の記憶が、今頃になって、怜という男の姿をとって彼女自身を苛む。村人も一緒になって楽しんだ処刑。それを突然ぶち壊しにした瑶子への腹立たしさ。憤怒の全てを鞭に込めて、瑶子を打擲したこと。その夜、父が持ち帰ったという大量のダイヤモンドの煌めき。母とともに浮かれているところへ、怪我のために寝ついた瑶子の話を聞かされ、宝石じゃないからと取り除けていた木彫りの薔薇をぽんと女中に投げ与えたこと。そしてそれを、自分の贈り物だと貴び、帯留めとして愛用し続けた瑶子……。
「処刑の後の、大量の宝飾品。それがあなた方の邸から見つかったら、有力な証拠となる。ひょっとしたら今身に着けているうちの幾つかも、そうかもしれないが。留め具等に、小さく如月家の紋を入れているから、調べればすぐにわかるだろう。……それではっきりする。あなた方が裕福な家や宝玉を扱う家の一員に適当な罪をでっち上げて、ろくに裁判もせず火刑に処したことが。実際に罪を犯したかどうかはこの際問題視されず、彼らの財産を悉く没収する口実になればそれで事足りた」
「裏付けは私の亡き父、瀬戸が取っています。これがその書類。父が手に入れ、同じく処刑で亡くなった母が守り抜き、そして生き残った娘の私が提示するこの書類によって、全てが明らかになりましょう」
「私達の側は全員、その書類に目を通してあるわ。今更誤魔化そうとしても無駄よ」
恵美子と紗百合が畳みかける。もう利男一家の敗北は決まったようなものだ。けれど、うなだれる利男はともかくとして、辰代と若子は何とか逆転を計ろうと、歯を剥き出し拳を握りして一同を睨め回す。その目は、唯一人、哀憐の眼差しを彼女達に注ぎかける瑶子に留まった。
彼女達は恰好の獲物を見出したのだ。如何に無謀で見境がないと言われようと、完膚なきまでに傷つけなければ気の済まぬ相手。
「何を言うの、あのダイヤも木彫りの帯留めも、この瑶子が、奪い取るよう唆したんだわ! 本当に悪魔のような子!」
「まあ、若子様、そのお言いようはあんまり……」
「見苦しいことおしでないよ、瑶子。早くその帯留めも髪飾りも如月様にお返しなさい。何を愚図愚図しているの、馬鹿!」
「奥様まで……」
醜く食ってかかる母娘に、瑶子は涙も出ないほど驚き呆れていた。何の脈絡もなく過去の、それもせいぜい十代前半の頃のことで濡れ衣を着せられても、土台無茶苦茶な話だ。
がみがみと叫び吠える女達の声の間々に、冷笑まじりの溜め息が聞かれた。応接間の人々は、当然至極だが、殆どが瑶子の味方である。
やがて露路が、手を挙げて一同を制した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます