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「瑶子、準備できて?」
紗百合が化粧室の扉越しにそう呼びかけると、
「……ええ」
中からためらいがちな瑶子の返事。紗百合は遠慮なく扉を開け放す。
「まあ、瑶子ったら、凄く綺麗!」
「そう?」
「本当にお綺麗でございますよ。これほどよいお肌とおぐしの人は滅多におりませんとも」
髪結いや化粧を手伝った老婆は、まるで自分の娘を見せるように鼻高々である。――瑶子は、艶やかな黒髪をふっくりと結い上げて、顔には白粉や紅をごく淡くはたいていた。彼女の優しい面は、また明眸と称えられる瞳は、それだけで十分に引き立てられた。
「このお着物もようござんしょう。お亡くなりになった奥様が娘時代にお召しになっていたもので、いつか露路坊ちゃまにいい人でもできたら譲りたいとかねがねおっしゃっていたのですよ。奥様も草葉の陰でお喜びなさっていますよ」
クリーム色の地に優しい色合いの花々を散らした友禅。唐織の丸帯。帯締めの中央には、きらりと光るダイヤモンド……ではなく、如月硝子の帯留めが使われている。例の木彫りのブローチに隠されていた、如月家の家宝である。
「私、何だか勿体ないようだわ。こんなに高価な、綺麗なものばかり……」
「似合っているんだから自信持ちなさいよ、瑶子。いい? 高価なら高価なほど、綺麗なら綺麗なほど効き目があるのよ」
瑶子を着飾らせようと提案したのはそもそも紗百合であった。如月邸に乗り込んでくる辰代夫人と若子は、憎き瑶子が華やかに装って、いかにも大事にされているところを目にすれば確実に激高する。激高して理性を失った彼女らは、自ら悪事を認めるような振る舞いをしでかすに違いない。それこそが、狙いなのだ。
利男と道鷹には、犯罪の証拠となる書類があるが、若子達には証言の類しかない。ここで本人達に容疑を認めさせなければ、罪を問うことはできない。……紗百合は、何が何でも認めさせてやろうと心に決めていた。もとより彼女自身がその被害を受けたわけではないけれども、彼女の大切な人々は苦痛を味わわされてきたのだったから。瑶子、そして、怜……。
窓の外に、自動車が急ブレーキをかける音が響く。乱暴に停止された車の中から、これまた派手に飾り立てた辰代と若子、そして萎縮しきった利男が降りてくる。
「来たわ」
紗百合は鏡をちょいと覗き込んで髪を整えてから、瑶子を促してそこを出て行った。老婆の「応援していますよ」という声を背中に、温かく感じながら。
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