第三章 2学期後半〜受験

第29話 秋になって

 10月下旬に全国模試、11月下旬に2学期末テストを控えて私は塾に通いながら、学校の課題もこなしながら、勉強に励んでいた。


「奈々美ーあんまり無理しちゃダメよぉ〜」と言いながらお母さんがパソコンを開いたまま机で寝ている。

「お母さん、こんなところで寝ちゃだめだよ」

「あ……大人はどうにかなるから奈々美はちゃんと寝るのよ……」

「早くベッドで寝てよね、お母さん」


 母と娘の2人暮らしをしていると、時々どちらが親なのかわからないような会話がある。お母さんは仕事も家事もしていて、最近は遅くまでパソコンを見ているのでちょっと心配だ。



 体育祭も終わって本格的に秋めいてくる。朝晩は寒いと感じる日が増えてきた。



 ※※※



「おはよー奈々美ー! ん? なんか疲れてる?」

 すみれちゃんはすぐ気づいてくれる。


「うん……課題も塾の宿題も模試もあるから……」

「わかる。というか10分休みも課題やってるよね、奈々美って」

「だって忘れそうだから」

「あたしみたいにギリギリになるよりはいいと思うけど」


 そうだ……前に藤井先生や松永先生にも頑張りすぎって言われたことがあった。だけど学校の課題は10分休みに進めておかないと塾もあるので、空き時間を見つけるのがまず難しい。家ではあまり夜更かししたくないし。



 そしていつも通り10分休みに課題をしていると、斜め後ろから声がした。


「梅野さん、数学のノートってどうまとめてる?」

 竹宮くんだ。


「えーと……こんな感じ」と言いながら私はノートを見せる。人にノートを見せるのって恥ずかしい。というか優秀な竹宮くんなら私よりもうまく書いてそうなのに。


「あ……やっぱり色が分かりやすいな。さすが美術部」

「そうかな?」

 大してマーカーを使っているわけではないのに、竹宮くんにとっては参考になるらしい。ノートまとめに時間を取られて他のことを忘れないように、というのは前から思っている。


 私が後ろを向いて竹宮くんがノートを覗き込んでいて……ん? どこからともなく視線を感じるような。


 待って。

 斜め後ろだけど、私の椅子と竹宮くんの机との間に、ほとんど隙間がない。だから……すごく近い。

 

 隣の席以外でこんなことは――たぶん初めて。


「ありがとう梅野さん。はぁーもうすぐ模試か」

「竹宮くんなら余裕そう」

「いやいや、やっぱ緊張するって」



 キーンコーンカーンコーン



 昼休みになって、女子達が一斉にこっちに向かってきた。

「奈々美ちゃん、竹宮くんとどういう関係?」

「けっこう喋ってなかった?」

「すみれちゃんが振られたばかりなのに」


 やっぱりあの時見られていたんだ。みんなが竹宮くんに注目するから教室内で距離が近いとすぐにバレる。


 いや、バレるって何が……?

 特に私は……けど……竹宮くんのことは……気になってはいるから……。


「ノート見せてって言われて……見せていたの」

「あ、そっか。奈々美ちゃんノート綺麗そうだもんね」

「1学期も隣の席だったもんね、いいなぁ」


 みんなは竹宮くんが“高嶺の王子様”だと思っている。実際優秀とはいえ、そこまで距離を取ることなんてないのに。

 

 だけど少し前の自分だってそうだった。もし1学期で隣の席にならなければ、今頃はみんなと同じように遠くから眺めるだけだったに違いない。


 そんな私は――花火フェスタや文化祭で、彼と2人でいたこともあるし、チャットもしたことがある。そう考えると今の状況ってやっぱり信じられないかも。


 私みたいな目立たない人がこんなこと……。


 

 その時だった。


「ちょっとみんな、何言ってんのよ」

 すみれちゃんだ。


「すみれちゃん、さっき奈々美ちゃんと竹宮くん、距離近くなかった?」

「どんな関係か気になっちゃって。けどノート見せただけだって」


 そう言う女子達にすみれちゃんはこう言った。


「そりゃそうでしょ? 奈々美のあの綺麗なノートはあたしも見せてもらったことあるんだから、竹宮くんだろうが誰だろうが見たいに決まってるわよ」

「え……けど竹宮くんだよ?」


「竹宮くんは竹宮くん。奈々美は奈々美。みんな同じクラスメイトなんだから」

「すみれちゃん……もう……大丈夫なの?」


 どうやら女子達はすみれちゃんのことを気にしていたようだ。すみれちゃんの告白がうまくいかなかったから。


「あたしはもう大丈夫よ! だって……松永にも言われたし」

「え?」

「励ましてくれる友達がいて良かったなって言われたの。やっぱり年上の余裕……ちょっとドキッとしたかも」

「それは……確かに」


 すみれちゃんが松永先生にそう言われたことで元気になっている。というか、また松永先生を“推す”流れに……?


「奈々美にもたくさん励ましてもらったからね。あの時思ったんだけど奈々美って変わったよね? いい意味で。2学期から何となく」

「え? そうかな」

「美術部の展示でもよく喋ってたじゃない」

「あれは……案内だよ」


 すみれちゃんに言われると照れてしまう。

 そういう風に見えていたのだろうか。


「私も奈々美ちゃん、何だか可愛いくなった気がする」

 他の女子達にも言われて、なんだか胸の奥がくすぐったくなった。


 それは多分――夏休みに竹宮くんの卓球大会や、花火フェスタでのことがあったからかもしれない。いや、それ以外考えられない。


 確かに前よりも竹宮くんとは話せるようになった。

 そして星山岡ほしやまおか高校に行った時も、美術部の先輩とたくさん話して、これから頑張ろうって思えた。

 文化祭の時にも中学生最後だから一生懸命作品を作っていたし……。


 相変わらず自信はないけれど、ちょっとずつ私は目標に向かって進めているのかもしれない。

 

 可愛くなった……のかは正直わからない。

 だけど竹宮くんの前で可愛い笑顔になってたらいいな、とは思ってしまう。



 ※※※



 全国模試の前日は土曜日だったので家で勉強していた。すると、ピロンとスマホが鳴る――竹宮くんだ。


『明日、模試頑張ろうね』


 それだけのメッセージなのに私は心が震えてくる。

 竹宮くんの言葉ってだけで特別感がある。


『うん、頑張ろうね』


 私も彼に返信をした。

 明日、どんな問題が出るんだろう。


 

 でも――こういう風に「頑張ろうね」って言ってくれたことが、何よりの自信になる気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る