第28話 体育祭後に

 体育祭が終わった後はもう勉強漬けである。

 ある日、社会の授業が終わってから、松永先生のところに男子達が喋りに行っていた。

 

「先生、校長になりたいんですか?」

「は?」


 そうだ、私が体育祭の借り人競争で「校長先生になりそうな先生」というお題で松永先生を連れて行ったんだ。あれ以降、松永先生が校長だったらって一部の人たちが話のネタにしている。


「校長はなかなか」と先生が謙遜しているけれど、

晴翔はるとはアリだって言ってたよなぁ?」と男子が竹宮くんの方を向いて言う。

 

 そうだ、竹宮くんは松永先生が校長先生になるのはアリだって言ってた。

「あ……」と竹宮くんは固まっている。


 

「そうだな。校長になる人ってのは……一人ひとりの笑顔を見守りつつ、涙の意味も探せるような人だろうか」


 

 松永先生の言葉に皆が一瞬しんとなった。

 涙の意味……。

 そういえば私は体育祭の時、最後にちょっと泣いていた。たぶん竹宮くんとすみれちゃんのことがあったから。

 先生なら――この意味も分かるのかな。


 感動なのか、悔しいのか、悲しいのか。

 よくわからないけれど涙が出るということ。

 校長先生になるぐらいの人は、みんなの涙に寄り添える人なのだろうか。



 ※※※



 それから数日後。

「よし……あたし、頑張ってくる」

 すみれちゃんが気合いを入れている。昼休みに竹宮くんに中庭に来てもらって告白するそうだ。


「頑張ってすみれちゃん」と女子達で応援している。

 それを見て私はやっぱり心から応援できないまま、どうにか笑顔を作るのに精一杯だった。


 竹宮くんは……どうするのかな。

 すみれちゃんと付き合って、一緒に受験勉強するのかな。

 あ……それなら私と一緒に頑張ろうって言ってくれたのは、ナシになっちゃうのかな? だったら寂しい。

 

 だけど、すみれちゃんがこんなにもみんなに応援されているのを見ると、仕方ないのかなって思っちゃう。もし竹宮くんに彼女が出来たらその人を大切にして欲しいし。


「ああ……奈々美どうしよ……怖くなってきた」

「すみれちゃん……そうだよね」

 私だって竹宮くんに告白するって思うと、ビクビクしちゃいそうだもの。



 ※※※



 (竹宮くん視点)

 菊川さんに言われて昼休みに中庭に来た。少し端の目立たない場所。何かあったのだろうか。また勉強のことでも聞かれるのか? それなら教室でいいのに。


 とりあえず単語帳を持ってきてパラパラと見ながら待つ。何となく手ぶらでここに立っているのは不自然だから。


「竹宮くん」

 菊川さんが来た。


「菊川さん、どうかしたの?」

 彼女は髪を触りながら「えーと……」と言っている。


 

「あの……竹宮くん」

「……」

「あたし、竹宮くんのこと、好きです」

「え……?」



 驚いた。

 いきなりだったから。

 だけど彼女はこれまでも――僕に声をかけてくれたんだっけ。

 

 それに、梅野さんとも仲が良くていい子だと思う。

 だけど……。


「菊川さん、ありがとう」


「竹宮くん……」


「気持ちは嬉しいんだけど、正直今はそういうことは……考えられないんだ」

「……」

「あ、菊川さんが悪いとか、そういうわけではないから。よく話しかけてくれるなって思ってるし」

「……」


 菊川さんの表情が悲しそうだ。でも僕の気持ちをどうにか伝えないと。

「僕は受験を頑張りたいし、高校に入ってからもやりたいことがあるから、しばらくはそういうのはいいかなって」

「……そっか。ごめん」

 

「あ……僕の方こそごめん。だからこれからもクラスメイトとしては、普通に接してくれたらって……思ってる」

「うん、ありがとう。やっぱり竹宮くんっていい人だね。何かごめんね、いきなりで……」


 そう言って菊川さんは顔を背けて教室の方に戻って行った。これで良かったのだろうか。女子達が何か言ってるような気はしていたけど、直接ああいうことを言われたのは初めてだったから、何が正解なのかわからない。



 ※※※



 (奈々美視点)

 5時間目が始まったけれど、すみれちゃんの様子は明らかにおかしかった。私の席からは遠いけれど、ずっと下を向いていて、落ち込んでいるのはすぐにわかる。


 そしてプリントを回す時に斜め後ろにいる竹宮くんを見ると、特に変わらなさそうである。

 

 大丈夫かな、すみれちゃん……。



 そして放課後、女子達がすみれちゃんのところに集まっているので私もそこに行く。


「元気出して」とみんなに言われているすみれちゃんは少しだけ涙を流していた。うまくいかなかったんだ。こんなに可愛いくて明るいすみれちゃんでも。


「あたしが悪いわけじゃないけど、今はそういうの考えられないって……当たり前だよね。受験生だもの」

「……」


 別の女子達が言う。

「そういうところが竹宮くんらしいよね。無理です、付き合えません、じゃなくて……ちゃんとすみれちゃんのことも自分のことも考えてるっていうのが」

「そうだね、男子でそこまで丁寧に理由言ってくれる人、なかなかいないよ」


「それこそが竹宮くんの人気の理由みたいな」

「ああわかる」

「すみれちゃんなら、もっといい人現れるよ」


 みんなにたくさん励まされてすみれちゃんも落ち着いたようだ。

「ありがとう、みんな」



 ※※※



 そしてみんなが帰って、すみれちゃんと教室で2人になった。何となく今日はすみれちゃんの近くにいたかった。

 

「奈々美……」

 そう言ってすみれちゃんはまた大粒の涙を流していた。


「ダメ元だったんだ、竹宮くんに話しかけてもあたしだけが喜んでた感じだったし」

「え? そうかな……」

「高校に入ってからもやりたいことがあるからって言ってた。それって受験が終わっても無理ってことなんだよ……わかってたんだけど、わかってたんだけど……つらい」


「すみれちゃん……そうだよね。それはつらいね」

「ごめん奈々美……泣いてばかりで」

「ううん。あのねすみれちゃん、私はすみれちゃんの明るいところ、好きだよ」


「え……」

「私はあまりその……みんなと積極的に話せる方じゃないから。すみれちゃんがいたから友達も増えた。だから……尊敬してる」


 すみれちゃんがさらに涙をポロポロと流している。

「もう……奈々美、嬉しすぎてまた泣いちゃうよ……あたしだっていつも話聞いてくれて、勉強もできる奈々美のことを尊敬してるから」

「そうなの?」

「そうに決まってるじゃん、ありがとう」


 なぜか私ももらい泣きしそうになる。前もすみれちゃんの文化祭の吹奏楽を見て、泣きそうになってたっけ。



 その時――


 

「あれ? 梅野さんと菊川さん、まだいたんだな」



 松永先生が来た。まずい。

 すみれちゃんが泣いているところ、見られた?


「何かあったか?」


 松永先生がこっちに来る。すみれちゃんのことを話すわけにはいかない。


「あ……私が菊川さんのことを尊敬しているんです。私もクラスの皆と明るく話せるようになれたらって話をしていたら、菊川さんが……」

 私がそう言うとすみれちゃんがクスッと笑ったような気がした。


「そうですよ先生♪ 梅野さんがあたしのことすごく褒めてくれて……最近自信なかったから嬉しくて泣いちゃったんです」

 すみれちゃんも先生に話していた。


 それを聞いた松永先生は何かを察したように見えた。


「菊川さん、良かったな。励ましてくれる友達がいて」

 すみれちゃんがうんうんと頷いている。


「梅野さん、誰かを応援できるっていいことだよな」

 松永先生は私にそう言ってくれた。

 先生には全て見透かされているような気がするけど、それでも嬉しかった。


 やっぱり松永先生はどこか校長先生みたい。

 何も聞かずに背中をそっと押してくれるような存在。


「さて、そろそろ帰る時間だぞ」

「はーい」


 リュックを背負ってようやく教室を出た。

 すみれちゃんはさっきよりもすっきりとした表情になっていた。

 そして私も――少しだけ前を向けた気がした。



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