快晴 三
夢を見ていた気がする。なんだったっけ。きっと忘れたくない夢だ。でも、もう忘れてしまった。
ああ、ベンチで寝てたんだ私。顔に痕がついてる感じがする。体がゴチゴチだ。胸を張って筋を引っ張る。私は体を伸ばすのが好き。私の体は骨が鳴らない。キュッと伸びる。んぁ。
なんだか寝たら暑さもマシになった。スッキリした!
爽快な山の匂い。趣のある蝉の声。せっせの何かを運ぶ蟻の列。雲ひとつない青空。ああ、本当に最高!
ふと忍び寄る緑の悪魔。ぴょんと跳ね私のズボンに飛び乗る。
「きゃぁ」
やめて、キモイ、離れない。
またぴょんと跳ねどこかえ飛んでいく。バタバタ羽ばたくバッタ。何やってんだ私。笑いが込み上げてきて笑顔になっちゃう。それを堪えようとして、もっとおかしい。──「あはははは」
面白い。ああ、何一人で笑ってんだろ。でも面白い。止まらない。ニヤニヤしてしまう。ああ楽しいな。
ひとしきり笑った後、やっと笑いが落ち着いた。でも顔がまだにやけてる。恥ずかしい。誰にも見られたくないな。
周りを見る。良かった誰もいない。みんな遠くで弁当食べてる。良かった。やばい、また笑っちゃいそう。
口に手を押えながら、収まるのを待つ。戻って私もお弁当食べよ。私は人だかりから友達を探す。
一人で食べてる子も結構いるな。私には何も出来ない。頑張って耐えてくれ。
不意に一人の少女に目が止まる。なぜか目が離れない。少しみんなと離れた場所にぽつんと一人。少し薄い茶色の髪。真っ白なセーラー服。ここからでもわかるくらい上品な所作。儚げな背中。
いじめられてるのに堂々と。ホントすごいやつだよ君は。離れていても私には分かる。あれは小坂だ。
どうしよう。すごく話しかけたい。迷惑かな? でも、もしかしたら小坂も嬉しんでくれるかも。よし、いこう。
少し遠回りして小坂の前に行くように移動した。太い木の後ろに隠れる。小坂はあと十メートルくらいの場所にいる。
ど、どうしよう。ノリで来ちゃったけど。やっぱやめた方がいいかも。怖くなってきた。拒絶されたら……いや無理。ほんと死にたくなるかも。でも、一目くらい近くで見たい。
まるで不審者のように、いや不審者かもしれないが。私は木に手をついてそろりそろりと顔を出す。
小坂は卵焼きを食べていた。左手で弁当を持ち、半分に割られた卵焼きを小さな口に入れる。もぐもぐしてる。可愛い。でも時々、周りをキョロキョロ確認する。私たちを警戒してるんだ。ごめん小坂、私のせいで。あ。
小坂と目が合ってしまった。
や、やばい。どうしよう。困ったな。え、逃げよっか。でもごめん小坂。やっぱり嬉しいよ。小坂は私をぼぉっと見ている。ふとなにかに気がついたかのように目を逸らす。
もっとみてよ。こっちを見ろ。ねぇ小坂。声が出ない。なら。
私は木から出る。少しづつ小坂に近づく。猫が逃げないように、そおっと。小坂がこちらを見る。私は笑って手を振る。私は無害だよって。逃げないでって。君に触れたいからそこで待っててねって。私は半分ほど進んだところで止まる。
小坂は戸惑っている。手を胸の前に持っていき、ただ私に脅えている。
グッと何かが込上げる。涙じゃない。強い何か。ああ出る。止められない。
「久しぶり! 会いたかった!」
ああ、それは言葉だ。私の中でずっと溜まってた言葉。やっと出てきた。
小坂は目を開いて固まってる。やば、やっちゃったかも。
「ふふふ。あははははは。ひ、久しぶりだね今田ちゃん」
小坂は笑ってるような、泣いてるような声でそう言った。ほんと久しぶり。やっと私たちは再会した。
アオトリドリ 煙草廃人 @amekutakao
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