快晴二

 山を登りきったぞ。

 もう私の太ももはただプニプニしてるだけの飾りになっちゃったぞ。これは当分歩けないな。え、何? 遠足が終わったら降りるの? 死ねと? 私に死ねと? ここで倒れたら救急車来れるのかなぁ。

 黒木の肩にしがみつきながら少しずつあるく。もう少しだ、あと少しでベンチだ。

「ちょっと横になっとき」

 助かったよ黒木。ごめんね。

「ふぅ、ちゃんとポテチ分は働いてるね……」

 ああ、こんなこと言いたくない。なんで出てこない。

「任せな」

 私の悪態も気にせずに黒木は私を気遣う。ごめん。ありがとう。声は出ない、喉が詰まる。黒木はグループの元に行ってしまった。ああ、私はダメなやつだ。


 陰になったベンチを占領して休む私。このグループになれて本当に良かった。クラスで私たちに口を出せるものはいない。座りたそうな子を尻目に横になる私。残念でした。もうここは私の席です。……ああ、しまった。何考えてんだ私。こんなふうにならないようにって思ってたのに。


 あーなんで譲っちゃったんだろ。暑いな。脚も痛い。でもまぁ、威ばるよりマシか。

 小坂ならなんて言ったかな。

 ねぇ小坂、私はどうしたらいいの? てか、なんで来ちゃったんだよ。何やってんだよ小坂。ほんと、どうなっても知らんからな。ほんとに、ダメだからね小坂。……絶対に見つかっちゃダメだよ。

 ああ、意味がわからない。ぐちゃぐちゃになってく私がいる。


 私は少し歩き、中学生たちから離れた場所にベンチを見つける。疲れた。私はベンチに寝転がる。

 でもやっぱり嬉しいな。てか久しぶりに会えたな。また話したいな。ちょっとくらい話せるかな。まぁ、こんな私と話したくないと思うけど。



 疲れた、眠いな。

「君と話したいな」

 やめて小坂、私に話しかけないで。私をこれ以上責めないで。私をこれ以上苦しめないでくれ。……こんな私を許さないで。

 そこにいるのは苦しんでいる私だけ。本当は誰も責めていない。馬鹿な私はベンチで寝る。



***

 木の匂い。ここは学校かな。なんか、見覚えがある。夢を見てるのかな。

「君と話したいな」

 誰かがズズっと私に迫り寄る。三年二組の嫌われ者、小坂が話しかけてきた。

 ああそうだ、私は懇談に来る親を待ってたんだ。金閣寺を読んでて、それも読書感想文の為に。ちょっと格好つけて難しい本を選んだんだ。ああ、そのせいで小坂の気を引いちゃったっけ。

 てかなんだこいつ。無視しよ。

 小坂は読んでいた本を覗き込む。小坂の頭からいい匂いがする。なんの匂いだろ。

 小坂が頭をあげる。フワッとシャンプーの匂いが香る。頭がジンジンする。

「君と話したい」

 なんだこいつ。同じことしか言えないのか。ちょっと勘弁してください。正直怖い。

 次の発言を間違えたら殺される気がする。私は言葉を選んで口を開く。

「小坂さんだっけ? 今のうちに、というか私の気持ちが変わらない内に離れないと……殴る」

 何言ってんだ私。ビビっちゃったのか? 脳神経から放たれた言葉は何も選ばれていなかった。むしろ最も棘のある言葉を選んでしまう。私の悪い癖だ。

 そんな言葉を聞いた小坂はニコッと笑い、すこし離れる。そして薄い唇を動かす。

「ごめんね、ちょっと君と話したくて。なんで金閣寺を読んでるのかな? 芸術的な気分なの? もしかして美しい物への破壊衝動があるの? 最近私も似たようなこと考えてたんだ。もしかしたら話が合うかもね。今から時間ある? 少し話したいな」

 なんだこいつ。やめてくれ。意味がわからない。小坂はやっぱり変なやつだ。

 ……なんで私に話しかけたんだろう。なんだか、少し寂しそう。どこか頑張って喋ってるみたいな、勇気を振り絞ってるって感じがする。なんか可哀想というか、哀れだ。

「これから懇談だから、親が来るまでなら話してもいいよ」

 小坂から花が咲いた。そんな感じに笑う。凄く気持ちよく。何も穢れがない。なんの濁りもない。そんな笑顔だ。私はそんな小坂と話したくなったのかもしれない。


 小坂との話は思いのほか盛り上がる。芸術的な話もなかったし、破壊衝動の話もなかった。なんなら私に話を合わせてくれてすごく楽しい。コロコロと表情を変える小坂を見るのがクラクラするほど心地いい。ああ、ずっと続けばいいのに。でも、十分もしないうちに親が来た。小坂は寂しそうにその場を離れる。小さく手を振った小坂が頭に焼き付いて離れない。

 懇談が終わったあと私は小坂を探した。車で帰らないの? と親に言われたがそんなことはどっちでも良い。今は小坂と話したい。


 小坂は図書室にいた。一人で大人しく本を読んでいる。

「何読んでるの」

 小坂がこちらに気づく。長いまつ毛がハタハタと揺れる。大きな瞼の中で薄茶色の瞳がくるくる回っていた。

「うぅ、な、ひ、久しぶり……」

 どうも様子が変だ。白い肌が少し紅潮している。暑いのか読んでいた文庫本を扇いでいた。

「さっきぶり。なんかそわそわしてるけど、何かあった?」

「いやあの、ちょっとね。緊張してるだけ。私、人と話す時に心の準備しないと話せなくて。……あの、そんなに見ないで欲しい」

 小坂にこんな一面があったとは、なんか可愛いな。

「あ、金閣寺読んでたんだ」

「また読みたくなっちゃって。それと君と話したくて。恥ずかしいところ見られちゃったね」

 へへへ、と照れくさそうに笑う小坂。ああ、この子と友達になりたい。またこの子と話したい。もっとこの子を知りたい。

「今から遊ぼうよ」

 あ、しまった。口から出てきた。

「……やっぱり君とは上手くやっていけそうだね。ふふふ」

 噂は噂だ。小坂は別に悪いやつじゃない。

 穏やかな小坂の笑い。それを見て幸福な私。小坂はクラスで嫌われている。でも小坂がいればそんなことどうでもいいかもしれない。とにかく私は小坂と友達になった。

***

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