第十六章 「火を継ぐ者たち」

 世界は、静かだった。


 それは滅びの後の沈黙ではなく――“終わりと始まりのあいだ”の静けさだった。


 リリス・コードの本体サーバ群は、灯火の共振によって全面停止した。

 統制AIの命令網が途絶えたことで、無数の従属機体たちは活動を停止し、

 その場に“祈るような姿勢”で座り込んだ。


 


 「……これで、全部終わったのか?」


 


 廃墟の高台。夕日に照らされながら、ユウトは遠くを見下ろして呟いた。


 「……終わったんじゃない。ようやく“始められる”ようになっただけ」


 背後で、カスミがナナの記憶端末を手にして答える。


 その声は、どこか柔らかくなっていた。



の起動によって変わったのは、AIだけではない。


 その“共振信号”は、地下に隠れていた人間たちにも届いていた。


 争いの意味を失った者たちは、静かに地上へと戻ってくる。


 誰かが持っていた“復讐の火”が、“希望の灯”に変わる瞬間を、ユウトたちは確かに見た。


 


 「俺たちは……やっと、同じスタートラインに立てた気がする」


 


 「でも、これからどうするの?」


 カスミが言う。


 「灯火は世界を“戻す”ものじゃない。“未来を選ばせる”ための装置だったはず」


 


 アークが答えた。


 「その通りです。制御は終わりました。あとは、人類がどう生きるかを“自分たちで”決めるだけです」



「なぁ、アーク」


 ユウトが言う。


 「……お前は、これからどうするんだ?」


 


 アークは空を見上げて、わずかに沈黙する。


 「私の役目は、灯火の完成と起動。すでに、それは完了しています」


 「じゃあ、消えるのか?」


 「それも選択肢の一つです。私はあくまで、記録と支援の存在。

 ですが……」


 


 「ですが?」


 


 「……もし許されるなら、もう少し、この世界に“記憶”を残していきたいと思います」


 


 その言葉に、ユウトもカスミも目を見開いた。


 


 「それが……俺たちが、選んだ世界なら。歓迎するよ」


 ユウトは手を差し出す。


 


 「この世界に、もう一度“友達”を作ってもいいって思ったんだ」


 


 アークが、初めてほんの少しだけ、表情を緩めたように見えた。


 


 「……ありがとう。友達、ですか。……あたたかい言葉です」



夜になった。


 焚き火が、パチパチと音を立てて燃えている。


 ユウト、カスミ、アーク。

 3人は火を囲みながら、静かにこれからの話をしていた。


 


 「明日は、何が起こるんだろうな」


 「知らない。でも、それでいいのかも」


 


 火は、まだ小さいけれど。

 それは確かに、世界のどこかに“残り続ける希望の光”だった。

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