悔《カイ》
この
手始めに窓を開け放つ。大体、換気もしやしないから嫌な気が
こんな時間、起きてるのは新聞の配達くらいのもので泥棒だって寝てるだろうさ。元から薄い防犯意識は朝焼けの中に消え失せた。
ひと足先に陽気にあてられて、ハイになってきた。変な時間に目覚めたのも手伝って、歯止めをどこかに落としてしまったらしい。
一つ大きく伸びをして、鼻唄混じりに
流石にクラっと来た。来たが、それ以上に愉快で仕方がない。俺は真面目腐った顔でなにが『隙間が恐ろしい』だとか
行きがけにトイレを開け放つ。扉を手前に引いてやると、温い風を吐き出しながら大口を開けた。あ、いや口を開いているのは俺か。だって笑い声が聞こえているものな、トイレは口を利かない。ん? トイレは利かない……? そいつは汚いの間違いじゃアないか?
そんな訳がないだろう! 俺は普段使うような箇所は、いつだってピカピカに磨きあげてあるんだ! 俺を舐めるな! 舐めんならこの白磁の便器にしろ!
ヨタヨタとよろめいて、横へズレる。目の前には
ヒンヤリとして心地よい……。心地よいが、せっかくの熱気を奪われてたまるか! 壁に手をつき、無理やり体を立たせてやる。膝がなかなかに強情で、立ち膝のまま苦戦した。
「アァ、そうだ。使ってないとこも見てやるか。客室、いやそっちじゃないな……。ウン、書斎の方に向かおうじゃないか」
客室兼物置き、というよりは順序が逆か。とっくにお客さんより日用品の占める日が多くなっているから。来客も随分と昔にあったきりだから、今は物置き兼空き部屋である。
そっちは遠いからね。色々と、面白い小物が転がっていたりするけど、そっちじゃなくて。えぇと、書斎。そう、本のある室に行こうか。
「理由はマァ、近いからぁ、ってだけっ。なんだがなぁ」
節をつけながら心と口を直結させる。そして右足、左足、左足と動かす。これが楽しい。たまに歌うといいんだ。稀に唄えばってやつ。
タップダンスの真似事をしようとして、閉め切っていた扉に頭突きを喰らわす。目の奥で星の散る衝撃にハッとして見渡せば、目的の書斎に辿り着いていた。
寄りかかるようにして扉に体重を預け、押し開く。
図書館に似た、古い紙の匂いが充満している。この匂いは嫌いではないが、急に込み上げてくる物があった。
吐く物もなく、腹筋の内側が
途端に頭が痛くなり、今の今まで聞こえていなかった鼓動がけたたましく体中に反響する。
何も考えられない。未だに握り込んでいたウイスキーの瓶を放り、トイレを後にする。
何をしようと、考えた行動ではなかった。ただ直前にしていたことをなぞるような、俺の意図しない動きだった。
書斎に戻った。そして、異変に気づく。
本が落ちている。子供がするように、地べたに背をつけてページが開かれていた。
何だ、これは。いくら俺が開放的になっていたとはいえ、本には指一本触れていなかったはずだ。
──本当に、窓を開けたのは俺なのか?
入り口で硬直してしまい、それ以上踏み入ることが出来ない。
恐る恐る壁伝いに手を伸ばし、電灯のスイッチを点ける。
それは嵐が過ぎたような惨状だった。
落ちていたのは入り口付近の一冊だけでなく、棚からそっくり抜かれて辺りに散乱している。机から引き出しが取り出され、その中身が撒き散らされている。
嵐と違う点があるとすれば、机の上は荒れていないこと。その点に気づき、血の気が引いた。
この室を荒らしたのは、人間だ。それも悪意ある盗人だ。
あぁ、なんて事だ。漠然とした予覚であった隙間が恐ろしいとは何だったんだ。単に寝ている内に盗人が侵入していただけじゃないか。
兎に角、警察へ通報しなければ──
室が明るくなった所為だ。その所為で、見たくもないものを目撃してしまった。
開けた扉のその隙間。扉と枠の間、
俺は、恐ろしい目に遭った。
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