特務探偵 西園寺 麗華の華麗なる事件簿 夏をも溶かす怨嗟
ヲチ ヒロシ
第1章 三島邸殺人事件 開幕
特務探偵 西園寺麗華の華麗なる事件簿 夏をも溶かす怨嗟
作:ヲチ ヒロシ
第1章 三島邸殺人事件 開幕
梅雨が明け、カラッとした太陽の日差しが頭に差し込む7月上旬。20代前半の青年、九条 玲(くじょう れい)はロイヤル探偵事務所の探偵助手として労働に勤しんでいた。金髪の分けられた前髪をかき上げた。
「・・・。そろそろ出てくるな……。」
九条が建物の入り口にカメラのレンズを向ける。ミスは許されない。唾を飲み込む。いまだっ‼
カシャッ‼カシャッ‼九条のカメラのシャッター音が薄暗い路地に鳴り響く。
そのレンズの先に映るのは……、40代の小太りの禿げあがった男性と50代のこれまた小太りの女性だった。
「ったく。いい年こいて不倫なんてすんなよな。俺はこんな仕事がしたくて探偵……助手になったんじゃないんだよ……。」
九条に与えられた任務は浮気調査。探偵業といえばこういった不倫裁判絡みの証拠集めの小間使いが主な仕事だ。ドラマや某少年探偵のアニメのような殺人事件の調査依頼などないに等しい。他には迷子の犬猫の捜索、ストーカーから女性を守ったり、粗大ごみを投棄していく人外を懲らしめたり。いうなれば人が時間かけてやらないといけないことを代わりにやる。それが現実だ。それに九条はまだ入社して2ヶ月目の新人。本来なら先輩や上司なりが仕事を教えるべきなのだろうが、ロイヤル探偵事務所は従業員ふたり。助手の九条と、所長の……。そこで九条の携帯が鳴る。
「おっと、西園寺さんだ。」
九条は上司の電話に少し急いで出た。
「もしもし……。」
「九条君、今すぐ事務所に戻ってきなさい。以上。」
ツー、ツー。用件を手短に伝えられた九条は呆然としていた。電話の主は九条の上司でロイヤル探偵事務所の所長兼探偵 西園寺 麗華(さいおんじ れいか)だ。九条は彼女に浮気調査のようなどうでもいい仕事を丸投げされ、用件がある時は飼い犬のように先ほどの電話の要領で呼び戻される。まぁ、呼び出されたとて、資料整理や調べもの等小間使いの仕事だが。一度、自分も殺人事件の現場に行きたいと冗談で言ってみたら、ニコリともされず一瞥されて無視された。
「はぁ、あの人、いつもこうだよなぁ。なーんか嫌われてんのかなぁ、俺……。そうだ!この近くに美味しいケーキ屋さんがあったな。西園寺さんは無類の紅茶好き。買っていってご機嫌でも伺おう。」
九条は軽自動車を事務所とは反対のケーキ屋に向けて走らせた。
九条は駐車場に軽自動車を停め、3階建てのレンガ調の建物の玄関に手をかける。
「ただいま戻りました。」
九条が事務所に戻ると所長席に身長が180cmは超えてそうな中年の大男が麗華と何やら話し込んでいた。
「あぁ、今回も頼んだ。ここまで凶器の足取りが掴めない事件もそうなんでな……。」
「えぇ、期待には応えて見せます。それに今回は、『頼りになる助手』もついてくれることですし。」
麗華が九条を一瞥する。それと同時に大男も九条の方へ振り返る。男性は白髪交じりのオールバックにロイド眼鏡をかけている。
「あ、はじめまして……。」
九条がおずおずと挨拶をすると、大男は笑いながら話しかけてきた。
「へぇ、この子が麗華ちゃんの、ねぇ……。君、随分と気に入られているみたいじゃないの。」
九条は疑問に思った。この無表情の女が自分を気に入っているだと?
「俺は大阪府警で刑事やってる安住 貴夫(あずみ たかお)だ。よろしくな。」
「警察⁉警察の方がなんで⁉」
「それはだな……。」
意気揚々に答えようとした安住だったが、麗華に遮られる。
「さぁ、行くわよ。九条君。」
「おいおい、俺の仕事奪わないでくれよ……。」
長く艶やかな茶髪を翻し車に乗り込む麗華、それを追う安住、ポカンとする九条。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ‼」
どこかへ向かう車中、九条は完全に蚊帳の外だった。
「安住さん、報酬についてですが……。」
「おいおい、麗華ちゃん、いきなり金の話かよ……。」
「当然です。こういった話は着手前にキチンとしておかないとトラブルの元になりますからね。」
「それに、正当なる仕事には、正当なる報酬をいただきませんと。」
麗華と安住は九条の給料からは考えられないお金の話をしている。九条は今、何をしているのか、何の時間なのかよく分からなくなっていた。しかし、彼はすぐに知ることとなる。西園寺 麗華とロイヤル探偵事務所の本当の姿を……。
「さぁ、ここが現場の三島邸だ。」
家というより屋敷のサイズの建物に黄色いテープが張り巡らされている。門扉には制服を着た警官がふたり立っている。九条ははじめての事件現場にポカンとしていると、麗華と安住は慣れたように、警官に挨拶をして中に入っていく。九条も慌てて挨拶をして中に入ろうとしたが、小さく舌打ちされた気がした。気のせいだろうか。
現場の中に入り、安住の案内で広間を抜けて、12畳程の和室に辿り着いた。書斎だろうか。そこにはスーツを着た人間が複数人何かを囲んでいた。
「お疲れ様です。」
麗華の静かな言葉に場が一瞬で鎮まる。それまで話し込んでいた大人たちは一斉に麗華の方を向き、緊張感が走る。
「お疲れ様です‼麗華お嬢様‼」
まるで麗華の召使いのように行儀良くなる。九条はその光景に驚いたが、もっと驚くものがあった。
「っ‼ひ…ひぃっ‼し、、、、死体っ⁉」
先ほどまで大人たちが囲んでいたものは、死体だった。恰幅のいい老人男性の死体。目は見開かれ、瞳孔が開いている。まるで死んだ魚のような眼だ。そして、何より目を見張るのは、おびただしい量の血液。腹部に大きな傷口があり、口からも血が滴り落ちていた。
「……まぁ。はじめて仏さんを見るならそうなるのも仕方ないわな。」
「な、なんで僕。こんなところに……。」
「今回の依頼が殺人事件の解決だからよ。」
麗華の落ち着いた声と九条の慌てふためいた声が現場を混沌とさせる。
「でも、探偵が警察の事件に首をつっこむなんて、ドラマの中の世界だけなはず。」
「本来はな。でも秘密裏に探偵に捜査を依頼することがあるんだ。もちろん世間様には言えないがな。」
「それにこの事件に係る以上、麗華ちゃんはただの探偵じゃない。」
「大阪府警察 刑事部 捜査第5課所属 特務刑事 別名 特務探偵。」
「と、特務探偵⁉」
「そう、あなたにやって貰っている浮気調査なんて仕事は副業みたいなもの。こっちが本業なの。」
「そうだ。兄ちゃんに他の仕事をして貰っている間、麗華ちゃんには警察の捜査に協力して貰っている。まぁ、特務探偵の仕事の間は公務員扱いだがな。どんな難事件でも解決してくれるからいい加減警察に入ってくれないかって頼んでるんだが、なぜか探偵に固辞しててな。」
九条はふとした疑問を口にする。
「じゃあ、僕がここにいるのまずくないですか?西園寺さんはともかく、僕はただの一般人ですよ。」
「問題ないわ。あなたはここにいる間、空気人間だから。」
「はぁ?空気人間?」
「九条君には麗華ちゃんの手伝いをこれから本格的にして貰う。ただしただの助手に特務探偵のような権限は与えられない。だから私たち警察は君のことを見て見ぬふりするということだよ。君はここにいないも同然。君がここにいたという記録は一切残らない。」
「そして、あなたはここで知ったこと、見たことについて一切他言してはいけない。もしそんなことしたら……。」
「もし、そんなことしたら……?」
「翌日、車の中で練炭と一緒に発見されるかもね。」「違法経営の豚の農場の餌にされるかもな。」「極寒のロシアの海で一生、カニ漁をすることになるかも。」「南もいいぞ‼アフリカの部族の儀式の生贄にされたりな‼」
「も、も、もういいです‼分かりました‼絶対に誰にも言いませんから‼言わないから怖いこと言わないで。」
九条は目まぐるしく変わる展開に吐き気を催していた。麗華は仕切り直すように溜息をつき、切り出す。
「さて、仕事をはじめましょうか。事件について教えていただきましょうか。」
その言葉共に筋肉質でスラっとした短髪の男性が一歩前に出る。そして、なぜか九条を一瞥してから話始める。
「情報共有に付きましては不肖、この正木 大輔(まさき だいすけ)が務めさせていただきます。ガイシャは三島 三郎(みしま さぶろう)。88歳。家族構成は息子と娘がいますが、若い頃に奥様と離婚され、お子さんも奥様のほうについていきました。それからは家族との連絡は一切取っていないそうです。死因は腹部の刺し傷による出血多量によるものです。死亡時刻は昨日の午後9時頃、第一発見者はお手伝いさんの市道 寿子(いちみち としこ)さんです。」
九条はここまで聞いて普通の殺人事件のように思えた。少なくとも一介の探偵に依頼する事件ではない。
「で、問題の凶器についてお聞かせ願いましょうか。」
「それについては、私が。」
今度は正木と入れ替わるように、一人の女性が前に出る。眼鏡をかけ知的な印象で、黒髪を肩で切り揃えている。
「はじめまして、正木の部下の天城 塔子(あまぎ とうこ)です。凶器は刃渡り15cm程度の包丁と思われます。しかし、この屋敷の包丁を使われたということは考えにくいです。お手伝いの市道さん曰く、ここの包丁は全てお手伝いの市道しか使っておらず、その市道さんも毎日、午前中に料理を作ったら帰宅しています。」
「なら、外部犯の可能性は?」
「その可能性も低いです。この屋敷には以前より窃盗被害が多発しており、3年前から入口に金属探知機が設置されています。刃物を持った暴漢がいつ現れるか分かりませんからね。お手伝いさんが入られたりなど、顔見知りが侵入するときは三島さん自ら金属探知機の機能を一定時間オフにするスイッチを押していたそうです。」
「つまり、三島さんの顔見知りによる犯行の可能性が高い……と。」
「そこからは俺が話す。」
安住が襟を正す。彼はどうやら自分の出番が来ると張り切る気質があるようだ。
「昨日、この三島邸を訪れた人間は3人だ。全員入口の防犯カメラに映っていた人間だ。今のところその3人が容疑者だ。」
「まずは、お手伝いの、市道さんですね。」
「あぁ、彼女は毎日この家に食事を作りに来ている。入室したのは午前8時、そこから10時まで食事を作り、その後、一度この屋敷を出る。明日の食材を買いに近所のスーパーへ出た。12時には家に戻り、食材を冷蔵庫に詰めた後、書斎でテレビを見ていた三島に挨拶をして帰宅したそうだ。」
九条はひとつ閃いた。
「ということは、市道さんが犯人の可能性は低いですね!」
「いや、そうはいかないわ。鼻ったれ助手さん。」
麗華は冷たく言い放つ。
「ここで市道さんから犯人の可能性が除外されるなら、容疑者とは言わないわ。彼女の証言が全て本当とは限らない。」
「その通りだ。スーパーへの道すがらの防犯カメラに彼女は確かに映っていた。しかし、彼女と三島のやり取りまでは証明できない。家の中に防犯カメラはないからな。」
「つまり、市道さんが容疑者であるということは。彼女が在宅していた間、来客はなかった。他の容疑者とも昨日会わなかったのよ。彼女が三島さんに別れを告げたということが証明できないの。」
「流石、特務探偵だな。市道は翌日、出勤をしたときにガイシャの遺体を発見した。時刻は午前8時。」
安住が感嘆の声を漏らす。九条は自分の浅はかな推理を恥じた。
「そして、2人目の容疑者が隣に住む、金城 敬三(きんじょう けいぞう)だ。金城は三島と将棋仲間で週に4日程この家で対局をするそうだ。暇を持て余した金城は午後1時30分ごろこの家のインターホンを押している。しかし、その時間、三島は在宅していたはずだが、応答はなかった。留守を悟った金城は自宅に帰宅している。」
「この人は、犯行の疑いは低いんじゃないですか。」
九条の明るい声に、麗華と安住は押し黙る。九条のような安易な思い込みが重大な見落としを産むのを彼女らは分かっているからだ。
「で、次は。」
「最後、3人目の容疑者は馬脚宅急便の配達員、郷田 孝則(ごうだ たかのり)だ。郷田は昨日の午後4時前と午後8時の2度この屋敷を訪れている。クール宅急便の配達でな。送り主は三島の旧友からで、中身はカニの詰め合わせだ。1度目の配達では三島は応答しなかったらしいが、2度目の配達で、三島が応答し、玄関に置いておくよう指示があったそうだ。」
「……。その荷物は玄関に置いたままだったのでは?」
「すごいな。その通りだ。ずっと玄関に置きっぱなしだったからカニは腐ってしまってな。もったいない。」
「西園寺さんはどうしてそれが分かったんですか?」
「この家、気味が悪い程、綺麗に保たれているのよ。おそらく三島さんか市道さんが手入れをしているのね。なのにここに来る途中、玄関に段ボール箱がポツンと置かれていた。見てみなさい。この家にある家具や収納道具は全て調度品。そんなことする人が段ボール箱を放っておいたままにするかしら。」
九条はここまで来るのにそこまで観察なんてしていなかった。麗華は物事を観察することを普段から無意識のうちにやっているのだろう。
「そして安住さん、気づきましたか。その段ボール一度、封を切られていますよ。恐らく第三者の手によって。」
「なに?それは本当か。」
「贈答品には新品の段ボールを使うはずです。しかし、私が見た段ボールにはガムテープより太い紙がめくれた跡がありました。それは誰かが一度開封し、もう一度ガムテープで封をした証拠です。」
「それと事件になんの関係が?中身はただのカニですよ?」
「ここでは無意味なことなんて起きないわ。小さなピースを集めれば大きなパズルが完成するように、如何なる証拠も見落としてはならないの。」
「さぁ、探偵ごっこじゃない、大人の推理のはじまりよ。」
特務探偵 西園寺 麗華の華麗なる事件簿 夏をも溶かす怨嗟 ヲチ ヒロシ @wochihiroshi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。特務探偵 西園寺 麗華の華麗なる事件簿 夏をも溶かす怨嗟の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます