虫の性善説
「新聞に広告出すくらいなら、店の場所なり連絡先なりも出せよ」
自国から見て南東にある国に向かいながら、俺はそう一人ごちた。
草原の中、商団や旅人が歩くことで自然に出来た細い道を行きながら、思い出すのは学生時代の日々ばかりだった。
彼奴との出会いは、基礎教育学校一年の夏だった。通常、春に入学するもので、十二歳から三年間、国が義務として通わせるものだ。子供は十二歳になるまでは、大体、家業を手伝う。裕福な家庭では初等教育学校に通わせるので、既に読み書きや計算を身に付けている子供も多いが、十五歳の元服までに、最低限の読み書き、計算を教えて社会に出すというのが、俺の国の方針だった。
彼奴は、下を向いて自己紹介をした。夏に入ってきた珍しさで、彼奴の周りに人が絶えなかったが、一月もすれば落ち着いた。必要最低限のことしか人と関わろうとせず、誰かに話しかけようとする素振りも無い彼奴は、あっという間に皆の興味を失わせた。そんな彼奴に、若干興味が湧いたのは、俺も人と関わろうとしない性格だったからだ。
だからといって、話しかけに行くことは無かった。彼奴と初めて喋ったのは、秋の終わり頃、掃除当番で組んでからだ。俺達に割り当てられた掃除場所は、廊下だった。
特に喋ることもなく、箒で床の木目を掃いていると、掃除の為に開けていた窓から虫が入ってきた。その虫は、俺が次に掃こうとしていた部分に着地したので、俺は少し苛立ち、何だよ、潰すぞ、と言った。それは彼奴に聞こえたらしく、彼奴は、どうした? と声を掛けてきた。
「あぁ、何でもない。虫だよ」
初めて声を掛けられたことに、少し驚いたが、何事もなかったかのように、そう答えた。
「虫? 潰すのか?」
「虫は潰すもんだろう」
彼奴は眉を下げた。
「逃がしてやれよ、悪いことしてないんだから」
彼奴は箒を床に置き、俺の方に来て虫を見付けて、摘まんで外に逃がしてやった。虫は羽を忙しなく動かして、その体で光を反射させながら飛んでいった。
「変わってるな、お前」
彼奴は、眉を下げたまま微笑んだ。
虫の鳴き声を余所に、歩を進める。この道をもう少し行けば、日暮れまでに宿が見えるはずだ。しばらくは宿がある道だが、その内、山を越えなくてはならない。旅先で必要な物は、その時その時に用意すれば良いか、と国を出たので、きちんとした旅の備えが無い。野宿用の天幕とか、保存食料なんかも揃えていかないとな、と思った。後は、狩りの為の弓、そうだ、釣竿もあれば便利だろうか。いや、更に金が無くなるか。いや、捕った獣や魚を売れば良いのか。
そういったことを考えている内に、宿が見えてきた。
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