西来隠匿


西来隠守



人の噂ってものは厄介なものだ。

今日も寵臣大学第二校舎、地域民俗学部には奇怪な手紙が届く。

アパートの天井のシミが人の顔に見えて調査してほしいだの、心霊スポットに行って体が重いだの、ひどいものでは恋敵に呪われている気がするから祓ってくれだの枚挙に遑がない。


文字通り僕は地域民俗学をサークルとして嗜んでいるだけで、心霊やオカルトの類は専門外である。ハイハイと話を聞くだけで大抵学部顧問で近辺の神社の神主の明屋仁成という人物にお祓いの依頼をして終了である。


よくなかったのはあの一件だ。寵臣大学旧校舎での事件、あれを解決してしまったが為に大学内で噂が広まりこの被害である。


何度も言うが僕は地域民俗学を好んで勉強している。これは地域の土着の民族、信仰などを調べ解釈すると言うマスターベーションの様なものである。だってほとんど趣味だし。


だが今回の相談は僕の感覚に少し引っかかった。


「これは黒だね」

顧問の仁成が眉を顰めて言い放つ。

依頼は寵臣大学の卒業生である照橋雪という女性から持ち込まれたものだ。

なんでも卒業と同時に山奥の古民家カフェを開業する上で体調不良、不慮の事故などが立て続き一緒に開業を目指していた友人が入院中とのことだ。

神主、お坊さんにお祓いをお願いしたが災いの傾向が収まらず藁をすがる思いで僕に相談に来たのだ。


「崎宮神社の神主さんは僕も知っているし、ちゃんと経歴もあられるお方なんだよね。そこ人でもダメで理由がわからないと言うことであればこれは怪しいかもしれない。」


もらった開業日報を見るといろんな手を使っても災いは増す一方で、開業資金もほぼ底をついてしまいこのままだと開業おろか借金を背負ってしまうようだ。


「とりあえず話は聞いてきます。この後3時から駅前の喫茶店で待ち合わせになっているので」


「気をつけて」と仁成さんは手を振ってパソコンに目をおとす。そちらでも調べてくれるようだ。


照橋雪はどこか大人びていて愛嬌がよく、美人であった。だがどこか衰弱しているようで目の下のクマを化粧で隠しているがげっそりしていた。


「今日は時間を作ってくれてありがとう」

「日報を見させて頂きました。明屋とも確認しましたがおそらく奇怪なものの類と判断しました。どこまでお力になれるかどうか分かりませんができる範囲でやらせて頂きます。」


「はい・・・」

期待をしていないのかまるで気のない返事である。

「真由・・・あ、現在入院している米良の妹から敷島さんを紹介頂きまして、以前大学の心霊現象を解決したんですよね。ほんとに私もう頼るところが分からなくなってどうか助けてください」


目に涙を浮かべならがの嘆願に僕は気押された。断れねぇじゃん。


「分かりました。全力でやらせて頂きます。まずは話を聞かせてください。」


『深山のどんぐり屋』これは照橋雪、米良真由が二人で自己資金や出資を集い建設を予定している古民家カフェだ。古民家は今現在の家屋は築100年以上からその土地にあるようで白崎家(地主)が逝去した後も地域住民の有志で管理をされていた。だがそれも高齢化に伴い無くなり完全な空き家になって売りに出されて5年になる。


その前にもここには家があったらしく何度か建て替えをした記録が残っている歴史ある家屋なのである。


二人は学生時代から照橋は経営学部、米良は調理学科を学んでおり、もとより友人と言うことも相まって二人の得意分野を活かし起業しようということで早期にその物件を見つけ不動産会社と打ち合わせ、頭金の捻出など試行錯誤の上売買が完了したのだ。


旧白崎家邸は人の手が触れられなくなっても幾分か綺麗で、普通に暮らすなら窓や畳などを変えるだけで十分な状態だった。車で人里より15分ほどかかるが二人の掲げるテーマにはぴったりの立地だった。

小高い丘の上にあり、山や小川と近く空気が澄んでいて景色が良い。ここでコーヒーやデザートを提供して大自然と共に癒しの時間を体験する。なかなか良いコンセプトだ。


なんと米良真由の方はSNSのフォロワー数が11万人いるインフルエンサーで料理やお菓子などの自作の投稿によりたくさんのファンを抱えている。


料理の腕も相当なもののようで、景色や立地と相まっておそらく成功の可能性が高いビジョンだった。最初は難なくとんとん拍子で話は進んだが泊まり込みでDIYをしていく中で数々の問題が発生した。


作業自体は軽作業は自分たちで行いそれ以外は建設会社に委託した。

自分たちで畳を剥がし床を抜いてコンクリートで整える作業をしていた時に米良が40度の高熱を出して倒れた。無理しすぎと思い邸宅内で休ませるが一向に熱が引く様子が無い。

一度米良を下山させて病院で療養させたが今度は照橋の方に症状が出た。寝れないのだ。

兎に角目が冴えて寝れない。やっとの思いでうつろうつろしてきてもどこか部屋でバキッやドンドンなどの音が聞こえる。なので照橋は恐る恐る夜間作業して朝になると安心して眠ってしまうという毎日を送っていた。その作業中にも常に人の気配を感じるし物音はうるさいわで憔悴しきったらしい。


そこで地元でも有名な崎宮神社の神主にお祓いと神棚を置いてもらった。だが効果は無いどころか今まで以上に作業の妨害の怪奇現象が増加した。


神社ではダメなら今度はお寺である。

これも京都から有名なお坊様をお連れしてお経をあげてもらったが、読経中にお坊さんが喉から出血し倒れ込んだ息ができないらしく顔を真っ赤にしている。どうやら扁桃腺がありえないほどに膨れ呼吸ができていない様だった。


すぐさま救急車を呼んで搬送されたが、照橋はもう旧白崎邸には恐ろしくていれなかった。

自己資金の8割以上を使い、出資先には開店日の延長の相談。建設会社にも作業遅延のお願い。

頼りの友人も入院してまだ回復していない。もうボロボロの状態で、僕の噂を聞いたのだ。


「寵臣大学2年の敷島優介が幽霊退治をしている。旧校舎の怪奇現象を解決して無事取り壊しができた。」


寵臣大学卒業の照橋にとって旧校舎の怪奇現象は知っていて、あれを解決した人ならなんとかならないかなと思い依頼をしたのだ。ほんとに資金も尽き最後の希望とのことだ。


「まず断っておきますが、私はそういうお祓いや除霊の類はできませんからね。」

申し訳ないが事実だ。僕は何も”そういう系”の所作もお経も知らない。

「え、じゃあ旧校舎はどうやって解決したんですか?」

「解決というか、処置です。その土地にとってその場所がどういう土地で物語があって感情があるのか情報を仕入れて正しく処方する事ですね。」


意味が分からないようで照橋は問いただす。

「そしたらあの家にも何か曰くがあるってこと?不動産会社は何も言わなかったよ、曰く付き物件なんて」

「曰くが無くても特に古い家だったら時代時代でいろんな風習による現代の影響があります。

例えば”おじろくおばさ”これは家に生まれた長男以外を使役の為だけに生かす行為です。戦後の日本でもこういった風習はあったので記載されていないその念が現代にも影響してその家の症状というものがあるんですよ。」


「兎に角」

そう言って家を見せてもらうことにした。



『深山のどんぐり屋』まではほんとに素晴らしい景色だった。

人里から少し山に入るだけで山々の緑は美しく、ところどこに赤みを帯びて秋を全身で感じることができる。風は酸素濃度が多いのか都心より重く山の香を連れてくる。


「ほんとに綺麗なところですね。」

彼女は助手席で窓の外から目線を外さず呟く。

「私もこの自然が好きであの家を選んだんだ。ここに来れば絶対みんな元気になると思うんだよね、だから疲れた人を一人でも癒せれば良いなって思って、真由も一緒の気持ちで今から二人で盛り上げていこうって時にこんなことになっちゃってもう何がなんだか分からないよ。」

助手席の窓から反射して見える顔には希望はない。景色と彼女の表情が相反する奇妙な空間だった。僕はハンドルを握る手に不思議と力が入っていた。


旧白崎邸に到着した。

なるほど立派なお屋敷だ。雑草が目立つが今までの手入れが良いのか少し剪定するだけで復活するだろう。程よい標高にあるので集落とその先まで見渡せる。なぜこんなとこに立派な屋敷があるのかそれが不思議だ物好きな金持ちの道楽なのだろうか。


まずは外から眺める。左からお座敷が2部屋、玄関、来客用の部屋、農業用品などの蔵ゆっくりと確かめていく。


「どう?何か感じる?」

「いや何も・・・」


そんなわけ!と言いかけて少し肩を落とす。

「前来てもらった神主さんやお坊さんも同じこと言ってた、何も悪くて禍々しいものは感じないって。」


「そうですね、どちらかと言うと威厳や厳かさを感じるくらいですね。僕も邪なものは感じません。」

ガックリと項垂れる照橋に少し違和感を感じる。


ほんとに悪いものは感じないのだ。どちらかと言うと清い。日当たりも風の通りもよく家の作りも立派な日本家屋に見られる王道のものだ。

唯一気になるのは”綺麗すぎる”と言うことだ。

人が住まなくなって15年ほどと言っていたか、完全に不動産会社に移って5年と聞いていたが少し前まで人が住んでいた様に綺麗だ。掃除もきちんとされていて瓦や木材も腐食が少ない。


現象が起こる理由として考えられるのは地鎮祭を無くして家を建てたか、そもそもこの土地があまり良くない土地の上だったのか。

だかこの理由だとこんなに綺麗に家は残ってないだろう。

土地や人の年とはそういうものだ。


「米良さんにお話を聞けますか?」


米良真由は近くの総合病院に現在入院している。ある程度回復はしたもののあと1週間は入院が必要なようだ。


挨拶も束の間本人に話を聞いてみる。

「敷島君ってほんとにいたんだ!」

拍子抜けするような明るさに少しきょとんとしてしまった。

「旧校舎の件自体眉唾もんだったじゃん?だから敷島君の噂も正直都市伝説みたいなものかなって思ってたんだよね!雪よく見つけれたね!」


旧校舎の話で盛り上がりそうなところを照橋さんが遮って本題に行ってくれた。

「真由の夢の話をしてみたら?」

あぁと行って米良さんは話だした。


米良さんはこの家の症状に初期から勘づいていた。どこかから視線を感じ、人影のようなものも何回かみたらしい。本人の性格も相まって「そら建築100年もある家だとそんなものもいるだろう」と一蹴していたがある夢を見たらしい。


10人以上に囲われ罵声をかけられ続ける夢だ。

言葉は分からないが途方もない時間暴言や暴力を振るわれるのだ。翌朝起きはするがどっと疲れ、寝るたびにその状態になるのでそれは体調も壊すだろう。


「でもあの家を出て入院してからは夢も見なくなって調子が良いんだ!」

「罵声を浴びせられるとの事ですが、どんな人間に、どんな事を言われるんですか?」

「う〜ん、ほとんど聞こえなかったんだけど。”見つかったらどうする?”みたいな事を言ってたよ。ほとんど大人の男女でなんか時代劇みたいな服?着てたよ」


正直そこまでしかわかんないやと考え込む彼女を見て少しピンときた。

ここまでのキーワードを整理する。

綺麗すぎる家、なぜか立派な日本家屋が標高高いところにある。米良さんの昔の人たちに罵声を浴びせられるという夢そして「見つかったらどうする」。


2つ考えられる。

1つはこの家は人喰いの家。他所から住まわせ地元の神様や抽象的な信仰の象徴に供物として捧げる。

1つは何か隠す為の家だ。例えば幕末の大名や重役などの匿う家として役をしてたのではないだろうか、小高いと情報も入りやすいし立派な家屋はその人の身分を表す。


おそらく後者の路線だな。あとはその依代が家なのか家の中にある何かなのか、はたまた土地なのかである程度の改善策は思いつく。

ここまで綺麗な家で人の手が何度も加わっているのを見ると何かタブーを犯してなければ住人に牙は向かないだろう。


今回初めて家の中に入り調べを進める。

工事中だが柱も壁も痛みが少ない。空気も澱んでいない。

「照橋さん、家の方に最初仏壇や神棚はたまた祠の様なものはありましたか?」


「一応外に湧き水が流れる場所があるよ、そこに祠が一つあって、でも地鎮祭の時に神主さんに来てもらってお祀りしたし。お座敷に神棚も作ったからちゃんとしてると思ってるんだけどな」


座敷の神棚を見ると別に変なところはない。天照大神を祀った神棚でお供物も基本的に正しく祀られている。


「ここは問題ない、湧き水に連れて行ってください。」


この水は素晴らしいものだった。裏の山から蓄えられた雨水がこんこんと絶えることなく溢れている。味を拝借すると澄んだ風味の中に甘い旨みもある。いい水だ。


水を貯める石の桶の奥にちょこんと祠のようなものがある。

ちょっと失礼と祠の戸を開ける。

少し気になった。湧き水の祠の相場は地蔵尊か水神のどちらかがベースである。だがこの祠の中には人型の像の様なものがあるが地蔵尊の様でもない。抽象的に人物の上半身を表現した簡素なものである。これは神道の仕事ではなさそうだ。土着信仰由来のものだろうか。


「どう?」と照橋が覗き込んできた。

「ここだけ異質ですね。お地蔵様が風化したのか元々こういう形なのか。立派な家の割にここだけ少し手抜きの様な印象を受けます。」


まぁ大したことはなさそうですと戸をしめる。

どこかにあるはず。家の中を見てそう思った。大きくはない手のひらに乗るくらいの何か。

早めにそれを見つけないと。

「ちょっと成仁さんに電話をかけてきます。」


「もしもし優介君。進捗はどうかな?」

「お疲れ様です。特に家に問題はないです、少し気になったのは外の湧水の祠で・・・」

今回の調査の状況を話す。

「そっか、邪悪なものではないか。幽霊は?いた?」

「だから私には霊感は無いんですよ。そんなあなたみたいにポイポイ見れる化け物と一緒にしないでください。」

ケラケラと笑う声が聞こえる。ほんとに癪にさわる人だ。

「でも感じたんでしょ?手のひらサイズの何か。それが元凶だよね、僕も調べてみたけどその土地は呪われていない。現象とその観点を俯瞰して見ないと辿り着けないよ。」


バイトに何をさせているんだ。この人は。

貸しを作ったのが間違いだった。


日も暮れてきた。山々は暗く静まり返り人の世から隔離された様にどこか孤独感も襲ってくる。

照橋さんはどこか怯えた様子だったので車内に待機してもらっている。

この昼と夜の間”逢魔時”が必要だった。こちらとあちらの境界線が曖昧になる時間、この時間に絶対に”あれ”を確保せねば。


一礼して屋敷内に入る。

昼間と打って変わってしんとした室内。ライトの照射部分以外は真っ暗である。

廊下の奥、隙間から見れているような視線を感じる。


「優介は大丈夫だよ」仁成さんは言っていた。

幼少期の体験。父の実家で出会った神様の存在に近いそれは僕の”魂の紋”に干渉している。

この紋を掴まれたことにより並大抵の霊魂や妖は僕に近づくことはできない。


そしてそれはもう一つの副産物を与えた。

記憶を読み解く能力だ。土地や人などの限りではない。

だがこれは見えるということではなく、共感である。

そこであったことによる人々の残留思念を感じ理解に落とし込む。


目を閉じるとビリビリと伝わってくる。座敷の方からだ。

頭の先が痺れ、それが徐々に体に伝染し浮遊しているような気分になる。

痺れが止むとクリアになってくる。


焦燥。秘匿。崇拝。嫌悪。

なんだ、一人ではないのかいろんな感情が渦巻きながら僕の中に入ってくる。

『河原町の西田さんが殉職した。あの人は最後まで転ばなかったよ。』

初めて聞こえる声に驚くが引き続き耳を近づける。

『あぁ私も早く救われたいな』

『だがこの家も見つかるかもしれない』

『大丈夫だよ、ワシらは敬虔な仏教徒に見えるはずだ』

『しかしいつまで続けていけるか役人も調べを入れているみたいだ』


『誰だ!!!!』

怒号の声でハッとする。


恐れ。憤怒・・・・希望


「希望?」


「わかったかもしれない」


僕は急いで車に向かった。ドアを開けるとそこに照橋さんはいなかった。

車の周りを探すが姿が見えない。

急いでケータイに電話をかけるが車の中から呼び出し音がなっている。

「どこに行ったんだよ」


ハッと家の方を見る。飲まれたのか。

僕の侵入がトリガーになったのだ早く照橋さんを見つけないと命をも奪われかねない。


夜の山は墨汁を撒いた様だ。月明かりがない今日なんて日はライトの光もすぐ闇に吸い込まれてしまう。それでも確証を得るために行かなければいけないところがある。

僕は急勾配の坂道をほぼ転がり落ちるように走った。



目を覚ました。真っ暗な部屋だけど、ところどころの木材の作りが煩雑で灯りが漏れている。

「いたっ!」

立ちあがろうとして頭を打ってしまったこの部屋は人一人立てないくらい天井が低い。

手を四方に広げて空間を確認するが、この部屋は箱?


灯りが漏れている隙間覗いてみる、どうやら火の灯りのようだ。

片目を閉じて覗き込む、目が慣れてきた瞬間驚いて跳ねてしまった。


人が逆さ吊りになっている。3人。

しかも耳に切り込みを入れられそこから血がポタポタと落ちて地面を赤く染めている。

うぅぅと呻き声が聞こえる。この人たちは何をしたんだろう。


目が暗闇に慣れてくると自分が置かれている状況がわかってきた。

箱の中に入れられているが中は最悪の状況だった。血、糞尿をこぼしたような跡などが散乱している。

呼吸が早く心臓の音が割れるように鳴っている。

「助けて!!!」

叫ぶがなんの返答もない。ただ呻き声が低く鳴るだけ。

そんな時間が永遠と続くのだ。



坂道を降り切るところで派手にこけてしまった。

それに構わず走る。1分1秒を争うのだ。

それは行きしなに見えた墓地だ。なんの変哲もない普通の墓石が並ぶ場所だが僕の用事はそっちではない。


墓地を駆け抜けライトを四方に振り回す。

墓地の隅、墓石と言うには些か不格好な岩をただ切り取っただけのもの。

それらが何個も積み重なっているのだ。忘れられた墓石。

罰当たりと思いながら倒れている石を起こして裏面を見る。泥や虫を手で払いのけ石の表面まで削る。見つけた。

「あった。」


僕は電話をかけた仁成さんにだ。

「もしもし、今回の話地域の土着信仰ではありません!」

「すごい剣幕だね、大丈夫?」

「照橋さんがおそらく家に飲まれてしまいました!一刻を争います!仁成さんっ!キリスト教です。いや隠れキリシタンの家だったんです!」


今回の件キリスト教もとい、隠れキリシタン由来の事件である。

あの家は彼らにとって教会。信仰の対象だったのだ、だから清いし厳かな印象だったのかもしれない。米良さんの”10人以上の人”これは信者だったんだ!


まず照橋さん、米良さんはタブーを3つ犯した。

1、キリスト教徒の残留思念が色濃く残る家に神棚を祀った。

2、仏教の読経をあげ、信仰を排除しようとした。

3、異物であり信者の霊魂に干渉できる僕を家にあげた。


これにより霊魂たちの信仰を刺激したのだ。

また、許しもなく家を改装したことで霊魂たちは更に刺激されたのだ。

おそらくあの家には隠れキリシタンたちの信仰であった御神体がどこかにある。

それを探すように畳をはぎ、戸を外し、柱を抜いたのだ。

これは今でいうガサ入れのようなもので霊魂たちは一心に抵抗した。

そこに神職の者や仏門の者を入れたことで更に恐れ、怒り、悲しんだだろう。


信仰を土足で荒らし、さらには密告のように他の宗教の者を家に招き入れるのだ。

それは生きているものにも死んでいるものにも禁忌だ。


僕が家の中で感じたもの、何人も人影があり、体はあの柱を向いていた。

あそこにロザリオか聖母像の様なものが必ずあるはず!


坂道を駆け上がり邸宅に着いた。

何が何かわからない。教会なんて1回2回しか行ったことないし、ミサにも参加したこともない。こんなんでどうにかなるのかよ!!!


とにかく落ち着いて。

対人関係はあの世もこちらも変わらない。相手の想いを尊重し行動するのだ。

そこからは対象のものを回収して、そこからは仁成さんに頼るしかない。


家に入る。深く一礼をする。僕なりの敬意と崇拝心で。

ゆっくりとイメージある座敷に近づく。


何人にも見られているような視線を感じる。

困惑。警戒。関心。


例の柱に相対する。

跪き手を合わせる。祈る。

「照橋さんを返してください。今後は彼女たちがこの家を守り、人を助けていくのです。」

困惑。安堵。関心。


「今後彼女たちはここに俗世間で疲れたものたちを癒す憩いの場を作ります。勝手なことを言うようですが見守ってください。あなた方が守ってきたこの家を今度は彼女たちが受け継ぎ沢山の人たちを幸せにしていくのです。」


束の間の静寂の後カコっと木材の鳴る音が聞こえた。

見上げると柱の中心に割れ目が見える。

僕はその割れ目を爪で引っ掛けてゆっくりと両側に開く。

精巧に作り上げられた隠し扉のようなものであった。

そこには十字に切り抜かれた空洞の中心に石で作った像が安置されている。


それは僕が知る聖母像ではなく、観音様が子供を抱いているそういう像だった。

キリスト教の弾圧を切り抜けたギリギリの信仰表現である。

僕はその像に改めて手を合わせた。

「この家が末長く続いていきます様に。」


照橋さんは家の中の押し入れで見つかった。自分でも入ったことを覚えてないようで、全て分かった大丈夫だと言った僕にしがみついて泣いた。

安堵というよりも怖かったんだろう、ここにいる信者たちの残留思念に溺れ追体験させられたのだ。


そのまま近くのホテルに一旦照橋さんを送り翌朝またこの家で説明することになった。


「隠れキリシタン?」

「そうです、ここはキリスト教弾圧時代の教会の様なものでした。周辺の里の人たちがここに集まり細々と信仰の輪を守っていたんです。」

僕は柱の聖母像を見せ説明を続ける。

「亡くなった今も信者たちの思念はここに宿ってます。だからいきなり来た人間に抵抗をしていたんでしょう。他の宗教のお祓いや念仏が効かないのは宗派の違いだったんです。」


「そんなことがあったんだ。ならもうここでお店はできないのかな?」

「いえ、それは構いません。」

「え?どうして?ここに違う人たちが入ってくるのを拒んでるんじゃないの?」

今にも泣き出しそうな彼女を諭すように言う。

「私があなたたちのこれからの活動をお伝えさせて頂きましたがそれについては拒絶はされませんでした。むしろ悪いものからあなたたちを守ってくれる存在になるかもしれません。」

信仰心さえ尊重すればと付け加える。


「優介くんはなんで今回の原因が分かったの?」


「これは感覚論なので正しいかは分かりかねますが、ここに通う人たちの感覚が伝わってきました。死への恐れの中にどこか希望を感じました。これがキリスト教の『信じるものは救われる』と言う信仰に似てて仏教や神道のお祓いが効かないとなると自ずと可能性として湧いてきました。」


「ただそれだけでは確証は得れなかったのでここから降りた先に墓地があるのですがそこを確認しに行きました。僕の仮説通りだともしかしたら墓石の裏なんかに十字を刻んだものがあるかもって思って」

その時に転んだ傷をさすりながら続ける。


「予想通りありました。墓の隅にひっそりと墓石群が安置してありそこに刻んであったのです。」


「私が見たのはもしかしたら、隠れキリシタンの方達の姿だったのかな」


「それはどういうことですか?」


「優介くんを待っている時気づいたら小さな箱の中に入れられてて、そこで逆に宙吊りされた人を見たのもう苦しくってもう駄目かと思った。多分あれは弾圧されていた時の風景を見せられてたのかな。同じ人間にそんなことをするって酷いよね。」


「そうですね。」


それから僕は分かったことを照橋さんに伝えた。

まず湧水の祠は彼らの聖水だったこと。毎朝それをコップ1杯汲んで柱の中の聖母像にお供えすること。

他の宗教のものは置かない方が良いこと。


ある程度の説明が終わったのでそろそろ帰ろうかと思った時、

「ちょっと待って!コーヒーを入れるから」


豆の香りが部屋中に広がる。彼女は丁寧にコーヒーをドリップしていく。

彼女の入れてくれたコーヒーは暖かかった。

感謝・安堵・申し訳なさ・不安

「お支払いの件なんだけど、これで足りるかな?」

膨れた茶封筒を渡してくる。おそらく残りの資金全額だろう。


僕はコーヒーを飲みながらそれを遮った。

「その件なのですが、僕もそのお金を投資という形でひとくち乗らせて頂いてもいいでしょうか?」

「え?どういうこと?」

困惑したように照橋さんは聞き返してくる。


「時々寄らせて頂くのでその時はコーヒーを1杯ご馳走してください。」


彼女は笑った、この人の笑顔には周りを明るくする力がある。

「了解、いつでもお待ちしております!」


良い息抜きの場所ができた。ここで大学のレポートをまとめるものいいだろう。


仁成さんには今回の件は『現状維持』と伝え同意も得ている。

全てが終わって電話をした時「彼女にはよくしてあげなよ、先々良いことがあるから」

と言われたので十分にその決裁権を好きに使わせてもらったのだ。


コーヒーの湯気が朝日を浴びてキラキラと澄んだ空気に溶けていく。

この場所は誰からも愛される暖かな空間になるだろう。

これからまたこの家の歴史が彼女たちの手で作られていくのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

敷島優介の奇譚レポート 御十異otoi @otoi-0101

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ