4話
空が静かに色を変えはじめた。
東の空には薄紅色の光がにじみはじめ、
それが町の屋根や煙突の影を、ゆるやかに伸ばしていく。
この小さな村、トゥルエは、まだ眠っている。
けれどその眠りは、昨日までとは違った。
不安や熱にうなされるものではなく、
ようやく訪れた“安堵”の眠りだった。
宿屋の裏手にある部屋の小さな窓から、
やわらかな光が差し込む。
その部屋では、白衣を着たひとりの少女が、
そっと膝をついていた。
名前は――シロ。
彼女の足元には、小さな寝台が三つ。
そのうちの一つから、ほのかに寝息が聞こえた。
病に苦しんでいた子どもは、汗をかいたままではあったが、
顔の赤みはひき、胸の上下も落ち着いていた。
母親が、息を殺すようにしてその子の髪を撫でていた。
まるで、祈るように。
それでも、母の瞳には、涙の粒が光っていた。
そしてその横で、カイが無言のまま立っていた。
彼の大きな背中は、まるでこの部屋を守る壁のようだった。
「……あれは、“清浄炉”っていうの?」
母親が、震える声でシロに尋ねた。
シロは、そっと顔を上げる。
クラフト台の前に置かれたそれ――
金属と木の融合体、小さな光を内に灯す、静かな装置。
「はい。空気の中の熱と、淀みを集めて、静かに浄化します。
……燃焼じゃない。壊さず、ただ、きれいにするだけ」
少女の声は、透き通っていて、少し震えていた。
だが、その中には確かな芯があった。
カイが口を開いた。
「こいつは、普通のクラフターとは違う。
“完成図”を思い描いて、それに手を伸ばして、引き寄せて……まるで、世界の隙間から、必要なものを取り出すようなやり方だ」
母親は理解できないまま、ただシロを見つめた。
そして、深く深く頭を下げた。
「ありがとう……ありがとう、娘を……」
その言葉に、シロは言葉を失った。
クラフターとして、自分が“人の命”を助けた。
その重みと現実が、胸の奥に静かに降りてくる。
シロは、自分の膝に両手を重ね、目を閉じた。
そして小さく――けれど確かに、こうつぶやいた。
「……私、作れるんだ。本当に……“生きる”のために、作れたんだ」
---
それから数時間が経ち、陽は昇りきった。
カイとシロは、宿を出て、村の出口にいた。
見送りにきた村人たちが、ふたりを囲む。
言葉では言い表せない感謝。
けれど誰の顔にも、ほんの少しだけ、微笑みがあった。
「また来てくれよ。何もない村だけど……今度は、普通に飯でも出すからな!」
「野菜も、次の収穫で渡すよ!」
「旅の安全を……」
次々と声が飛び、シロは少し戸惑いながらも、
白衣の袖をきゅっと握った。
そんなとき、ふと――風が吹いた。
音もなく、背筋を撫でるような冷たい風だった。
その風の先に、シロは“何か”を感じた。
ふと顔を上げる。
――誰かが、見ていた。
村の外れ、古い教会の跡地。
今は鐘楼だけが残ったその場所の影に、細い人影がひとつ。
ローブをまとい、顔を隠している。
けれどその気配は、明らかにただの通行人ではなかった。
「カイ……あれ」
シロが小声でつぶやく。
カイはすでにその影に気づいていた。
剣の柄に手を添えたまま、低く言った。
「あいつ、こっちを“狙ってる”。気配がまるでないだ」
だが次の瞬間、その人影はふっと、風とともに溶けた。
まるで最初から存在していなかったかのように。
残されたのは、鐘楼の影だけ。
カイは剣に添えた手を離し、シロの肩に手を置いた。
「……お前のクラフト台を、知ってるヤツだな」
「でも、私のクラフト台は、私にしか使えない」
「だからこそ、狙われる。――それだけの価値がある」
シロは、息をひとつ吸い込んだ。
クラフター。
“作ることしかできない”と思っていた自分が、
誰かに狙われる日が来るとは――
けれど今の彼女には、もう“覚悟”があった。
その白髪が、朝日に淡く輝いていた。
「……行こう、カイ」
「おう。次は――“鉄鉱の谷”だ」
ふたりは歩き出した。
その背に、村の人々の声が届く。
けれどもう、彼らの視線は前を向いていた。
世界のどこかにある、“答え”と“脅威”を求めて――
旅は、静かに幕を上げていく。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます