2話
工房の扉を閉めたあと、シロはしばらくその場から動けずにいた。
空気はひんやりとして、
外から入り込んだ風が床の粉塵をかすかに舞わせた。
まだ陽が沈みきらない夕暮れ時。
西の空には薄く橙が残り、工房の窓を柔らかく染めていた。
彼女の白衣は、その光をまといながら静かに揺れていた。
クラフターとしての日々――
それは、誰に求められるでもなく、
淡々と素材を整え、必要とされる道具を作る生活だった。
誰かを助けたいと、心から願ってきたわけではない。
ただ、自分にはそれしかできなかった。
この村で、ただ一人のクラフター。
世界のほとんどが「作る」より「壊す」
ことに傾いていたとしても、
シロだけは、生まれつき「作る」ことに
手が伸びるようにできていた。
だけど――
「世界の形を変えられる」
あの青年、カイの言葉は、胸の奥でまだ揺れていた。
彼は言った。
自分が斬る、お前が作る。それでいい、と。
その言葉には偽りがなかった。
傷ついたような瞳をしていたのに、誰よりも真っ直ぐだった。
シロは、作成台――いや、クラフト台の前に立った。
自分のために、自分の手で設計し、
組み上げた唯一無二の作成装置。
他の誰にも扱えず、どんな素材も、どんな知識も、
ただ「完成形を思い描くこと」だけで組み立てられる。
けれど。
難しいレシピになればなるほど、
それは“完成品に手を伸ばす”というよりも、
“沈んだ瓦礫の下、崩れそうな隙間からかすかな光を頼りに何かを掴もうとする”
――そんな感覚に近かった。
シロは深く息を吸った。
「私は……怖いのかもしれない」
初めて、そう呟いた。
この工房は、静かで、安心できて、何も起きない。
けれど、それは「守られていた」ということだ。
もし外に出れば、そこには“誰かの痛み”がある。
素材では癒せない、レシピでは解けない、名前のついていない感情が渦巻いているのだろう。
でも。
それでも――
彼の言葉が、灯りのように胸に残っていた。
> 「お前が必要だ、シロ」
そのたったひとことで、
自分が今までに積み重ねてきた“作ること”が、
誰かにとって価値を持つと、初めて知った気がした。
「……決めた」
ゆっくりとクラフト台に向き直る。
そして、旅に必要な装備を思い浮かべる。
まだ見ぬ土地、砂嵐、雨、風、そして長い道。
それに耐えうるだけの、軽くて、丈夫で、温もりを守る装備。
完成図が浮かぶ。
まるで夢の中の映像のように、鮮やかに、くっきりと。
シロは、そっと手を伸ばした。
何かに触れるように、静かに、ゆっくりと。
そして、引き寄せる。
わずかに空気が波打ち、目の前に“現れた”。
それは、旅を始めるための最初のクラフトだった。
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