第一話 後半

第一章・後半 《誘い》


午後の陽は柔らかく、工房の窓から差し込む光が、

棚に置かれた素材たちを静かに照らしていた。

乾いた木の香りに混じって、

鉄と油の匂いがほんのりと漂っている。

手入れの行き届いた空間。無駄のない配置。静けさ。

ここは、クラフター・シロの工房だった。


「……悪くない場所だな」


そう呟いたのは、椅子に座る黒衣の青年――カイ。

その手には、シロが淹れた温かなハーブティー。

飲むわけでもなく、眺めているだけだった。


シロは向かいに座り、

湯気が立ちのぼるカップを両手で包むように持っていた。

彼女の白衣には汚れひとつなく、

銀白の髪は自然な光沢を帯びて揺れている。

彼女は、まるでこの場所そのもののように静かで、清らかだった。


「……お前のクラフト、見ていて思ったことがある」


沈黙を破ったカイの声は、低く、

どこか遠い記憶を思わせるような響きを持っていた。


シロは答えない。ただ、ほんの少しだけ目を細めて、

続きを待った。


「それは、“ただの便利道具”じゃない。お前が作ったものは――人の暮らしを変える。

 いや……“世界の形”を変える力を持ってる」


「世界の形、なんて……そんな大げさなものじゃないよ」


「そう思ってるのは、お前がこの村しか知らないからだ」


その言葉に、シロの指先が一瞬だけピクリと動いた。


「外にはな、作りたくても作れず、

壊すことでしか何かを変えられない奴らがごまんといる。

 そういう連中が国を動かして、町を動かしてる。

 俺は……そんな連中の力だけで世界が回ってるのが、どうにも納得いかない」


「……それが、私に関係あるの?」


「ある」


カイは即答した。


「お前のクラフトには、それを変える可能性がある。

 お前の“クラフト台”は、普通の作成台では届かない場所に手を伸ばすことができる。

 それが、どれだけの価値を持つか――分かってないのは、お前自身だ」


静かな言葉。けれど、その中に確かな熱があった。

目をそらすことなく、真っすぐにシロを見ていた。


「だから、俺はお前に――誘いに来た」


「……誘い?」


カイは一呼吸置いて、ゆっくりと立ち上がった。


背筋を伸ばし、剣を背にしながらも、

まるで儀式のような厳かさを持って口を開く。


「――旅に出ないか、シロ」


その言葉は、穏やかでありながら、否応なく重みを伴って響いた。


「王都に行ってほしいとは言わない。

 ただ、お前のクラフトが必要とされている場所へ、俺と一緒に行ってほしい」


「私は……戦えないよ。誰かを助けたいとは思うけど、傷つけるのは嫌」


「だからこそだ」


カイの声が、少しだけ強くなった。


「俺が剣で切り開く。お前は後ろで作ってくれ。

 誰かを守る道具を、誰かを癒す道具を、

誰かの希望になる何かを――

 お前なら、作れる。俺には、それが分かる」


シロはその場で返事をしなかった。

ただ静かにカップを見つめ、

揺れる茶葉の影に自分の心を重ねるように黙っていた。


それは怖さだったのか、期待だったのか――

自分でも分からない感情が胸の奥でざわめいていた。


カイは、その沈黙を否定せず、優しく言った。


「明日、また来る。

 答えは、その時に聞かせてくれればいい」


そう言い残し、彼は扉の前まで歩くと、一度だけ振り返る。


「お前が必要だ、シロ」


扉が開き、風が吹き込む。


そして静かに、彼は去っていった。


シロはしばらくその場に座り続けていた。

静かな工房の中、彼の言葉だけが、何度も胸の奥で響いていた。

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