第4話 婚姻
雨に、婚姻の列が続いていた。
鯨浜は旧い町であるから、家々も古い。とくに港側はそれが顕著で、その通りを嫁入り行列が歩く様は、映画から抜け出て来た昭和の風景のようだった。
綺麗な着物を着たお嫁さんが。
いっぱいの家人を引き連れて。
字峰が、そこに立っている。
長く黒い髪はまとめられ、名前の分からない白無垢の帽子に押さえられていた。
流れる着物はまさに白無垢のそれで、後ろで、彼女の祖母が裾を濡れないように持ち上げている。
傘をさすのは彼女の父で。
その目には、涙が浮かんでいた。
婚姻の列は、海を背に山の方へ向かっていた。
そちらに、鯨浜の人々を守る神社があるのだった。
長い石段の上にある神社で、そこへ立ち入りを許されるのは、花婿と花嫁だけ。そこから二人は一週間ほど二人で暮らし、そして人里へ降りてくる。それが鯨浜の昔からの結婚式だった。
外のそれとは違う。
神社への参道には警備が立つ。
その一週間の間、人里、結婚する両家では軽いお祭りが開かれる。
周辺の住民はそのお祭りに混ざり、一週間を待つ。花嫁と花婿が、子供を授かって降りてくるのを、待つのである。
――醜悪だ、と。
そう思う俺の方が異常であるのかもしれなかった。
こんなことはずっとずっと昔、江戸時代よりも前から続いていることで、今更どうこうできることではない。どうこうできないことを気に病むのは時間の無駄だ。
字峰も、そういった出来事を喜ばしく思っている可能性だってあったのだ。
「……あるわけないだろ」
考え、自答した。
「なんだよ、忍者の戦闘速度って。移動速度じゃねぇのかよ……」
秒速五億キロメートル。
世界を滅ぼすかもしれない、ソニックブーム。
彼女はそれを、こんな狭い町の、雨が降る結婚式に、求めている。
雨の音が、自転車の音をかき消した。
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