『土曜日(1)』
早朝、理科室で目を覚ます。
「おはよう、ボク…………。」
ゆっくりと身体を起こし、とぼとぼと準備室へと歩いていく。
調子を整えているところは見られたくない。だから登校の時間になるまでは準備室の中に引き篭もる。
引き篭もろうとした。
「…………ん……なるほどね??」
何かがある。誰かがある。
それならば、と机の上で寝たせいでついてしまった白衣とシャツのシワを伸ばす事に少し時間がかかった。それとは関係ないがとても眠い。気を抜かなくても寝てしまいそうだ。
視界が歪む…………いや、モノクロで作られていた偽りに彩りという現実が現れた。
フラスコの中の黒い液体にはちゃんと色があった。
白い壁は純白だった。
白い床は純白だった。
黒板は深い緑の色だった。
照明はオレンジ色を照らしてくれている。
それを認識できたおかげか、消えていた部分がはっきりと脳髄へと戻ってくる。
ボクは学園の中にいる。そして、その学園に人間と呼べる存在はいない。
ボクは七不思議の七番目こと理科室の天使さん。名前はフィリア。
(少しだけ理解しできた…………こういうのって、数日のうちにどうにかしたほうがいいんだよなぁ。)
時計をちらりと見れば、もう登校の時間になっていたので準備室から出て理科室を通って廊下に出る。
そしてゆっくりと廊下を歩き、階段を降り、入る教室がある階とは別の階まで行く。
(あぁ、やっぱり。人間じゃない。)
教室に入っていく少数の異形頭共を見てそう思った。
今思えば、あの窓側の後ろの後ろの何もない空席は、そこには無いのに、ボクの視界には存在しているたった一つの席は。
ボクの為に用意された罠。ボクへの招待状。
そもそも、あそこはボクが入る教室じゃない。
だって、ボクが入るべき教室は■年教室で、席は真ん中の列の後ろから二番目だから。
眠気にやられ、その場に倒れる。
チャイムの音が聴こえ、瞼が上がる。
(くそ……やっぱり眠くなるのか…………。)
近くの教室の中はざわついている。
ただ、それだけだ。
ドアが開く音がして、急いで目を擦る。
(覚めろ。)
…………覚ますのは目?否、思考。意識。
(醒めろ…………。)
遅■■■ね、サ■■ト■いる■
「…………くれ。」
『じゃあ、あげる。』
(…………あれ。)
なぜか声がはっきりと聴こえる。それに、この優しさと落ち着きのある声は憩さんだ。
そこにいないのに聴こえてくる。
いつもと同じく、視界が歪んだ気がした。けれども気にならない。学園内が自由に彩られていく様は、歪みとは言わないからだ。
近くの教室を窓から覗けば、しっかりとした和装の金魚顔の先生がチョークでよくわからない文字を連ねているのが見えた。
(そんな文字じゃ、授業の内容なんて入ってこないぞ。)
『ん〜……雑だねぇ。』
「雑?」
『うん。』
『だってねぇ、あの先生……ちゃんと書けるのに書けないフリをしてるよ?そのフリが雑で粗いねぇ。』
「そうなんだ。」
『うん。』
それからは、教室の中に入らないという事だけを決めて廊下を歩く事になった。
行く先を間違えれば指示が来る。
行く先が合っていれば賞賛が来る。
まるで真紅のカーペットの上を歩く……………………
少し離れた場所からチャイムが鳴ったのが聴こえた。
それでも気にせず廊下を歩く。疲れたら飛ぶ。それを繰り返す。繰り返す。繰り返し続ける。
ボクは七不思議である前に楽園の天使だから飛ぶ場所に制限は無い。
見えない。視えない。見えるわけがない。知らない。知られていない。認識しきれない。存在していると定義しきれない。
そのおかげで、七不思議で1人だけ認識されない事もあった。
ボクはこの学園が学校で、白い壁と床ではなくただの板材だった頃から棲み着いた天使なのだから、この学園の事を一番知っている存在だ。
ボクは無心で両の足を動かす。無言で両の足と天使の羽根を動かす。その行動に意味は無い。やっぱり意味も無い。けれど、進んでいる。進んでいるという事実は残ってくれる。
…………■■■■
一瞬、誰かが話しかけた気がした。
けれど、誰もいない。
それでも、なんとなく伝わってきた。
廊下の端で切り取られたかのように存在している調律者が隣を歩いてくれる。
…………■■■■
本当は違うかもしれないけど、なんだかそんな感じがする。
■■■■、■■■■
チャイムが鳴り、教室内がぶわっと騒がしくなる。
休み時間になると起こる現象だ。
棲み着いているボクからすると、その瞬間は愛おしく感じられる。けれども、今はそんなものは感じられない。
感じるだけ無駄だ。
少しすると、チャイムが鳴り、三限目が始まった。
まだ、歩く。飛ぶ。
まだ歩けるんだから、まだ歩く。まだ飛べるんだから、まだ飛ぶ。
異形頭共にはこの事実は通じないかもしれないし、理解が追いつかないかもしれない。
けれど、生きるという事さえできればこれが普通になっていく。
そう、まるで日常のように。
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