14話「羽化・孵化(1)」
とある日の夜。ボクは理科室で金魚の標本を作っていた。
「余す夜に
「え、急に何何。びっくりしたんだけど。」
「いや……単純作業で暇になってきたからなんとなく。適当に言葉を並べただけだから意味は無いけどね。」
「えぇ……。」
「…………あ、もう終わる。」
「え、早。」
「やり慣れてるからね。何体もの標本を作ってきたから。」
「あ〜……それは早いわ。」
「ホルマリン液ってもう使わない?」
「使わないかな。」
「じゃあ処分してくる。」
「おけ。」
「……他にいらないものってある?」
「そこのトレーの中のやつ全部。」
「じゃあトレーごと持ってく。」
「は〜い。」
「いってら〜。」
(…………後は……いや、1回乾かそう。)
作り終えた標本を窓際のちょっとしたスペースに置いた。
(……これでいい、か。うん。大丈夫な筈。)
手を洗い、タオルで拭いた。
片付け終わった頃、理科室のドアが開き
「おかえり。」
「ん〜、ただいま。」
「手、一応洗っとけ。」
「は〜い。」
「…………そういえばさ。」
「うん。」
「私の■■って■■■■■の?」
……水の音で全く聴き取れなかった。けど、なんとなく……なんとなくで何を聞いているのかは理解できた。できてしまった。
「準備室にずっと飾られてるよ。」
蛇口を閉める音が、沈黙の中で虚しく聴こえた。
「…………あのさ。」
「うん。」
「なんで中途半端に殺したの。」
「…………そっちの方が
「…………。」
「「…………。」」
「アレのせいで、生霊のまま死ねてないんだけど。どうしてくれるの。」
「…………さあ。ボクの事を好きなままでいてくれるのならあんな事はどうでもいいよ。」
「……私は、いつになったら殺してくれるか……って、ずっと、ずっと……」
「…………。」
「遠回しな言葉だったけど、言い続けてたのに。」
「…………ごめん。」
「…………じゃあ」
「うん。」
「殺してあげるから、ちょっと待ってて……。」
「うん。」
ー四番目視点ー
理科準備室のドアが開く。
「準備できたよ。」
「…………わ、わかった。」
私は彼の背中を追って、そのまま理科準備室へと入った。
入った途端、嫌な臭いに鼻が壊れそうになった。……私の死体が出している腐乱臭だ。
(ゔ……キッツい…………。)
「臭いは大丈夫……?じゃ、なさそうかな。」
「すっごい臭い…………。」
「こっち来て。」
腰のあたりに腕がきたと思えば、そのまま抱き寄せられる。
「わ、あ、ぁ……。」
勢いに負けてよろけたけど、すぐに立て直す。
机に固定されている、標本にされた虚ろな目の私の死体。未だにぴくりぴくりと動いているそれは、まるで蝶の標本であるかのように、翅が血で描かれている。
そのときの事を思い出しそうになったけど、すぐに思考を切り替えた。
「死ぬところ、見ててあげるから。」
「…………うん。」
彼はそう言うと、私の死体の心臓に深く刺していた杭を、思いっきり抜いた。
と、同時に私の身体の心臓がある辺りから大量の血が噴き出す。
「ぁ゙……ッ゙……ぃ、いた……っ……。」
「大丈夫?」
「あのときみたいに、気持ちよくしてから殺してやるべきだったかな。」
「…………ぅ゙……。」
「…………。」
痛みに耐えきれず、膝から崩れ落ちた私を彼は品定めするかのような目で見つめてくる。
「……ふふ。」
「…………へぇ、苦しんでる姿も可愛いんだ。初めて知ったなぁ。」
こっちは苦しんでいるのに、彼は呑気にそう言う。
彼からの言葉で、あのときの事がフラッシュバックし始める。
口を縫われ、身体を固定され、まるで標本のように形作られていくその様を。
背中に深く大きな傷を入れられ、拡げられ、蝶の翅のように魅せようとされたあの様を。
少しの変化で褒められ、甘い言葉と暴言で思考を潰されたその様を。
仕上げに心臓に杭を深く刺され、中途半端に殺されたせいでぴくりぴくりと身体が反応し続けた無様な様子を。
今、思考の中で観せられている。
(ぁ゙〜〜……クソ……クソが……。)
(畜生野郎が…………彼が本当に天使なのは確かだけれども…………性格が畜生にも程がある……。)
あのときから解ってはいたけど。
それでも一目惚れはしたけど。
それでも今も好きだけど。
まだまだ好きだけど。
でも、やっぱり思う。この天使はド畜生がすぎる、って。
ふわふわとした思考の中、ゆったりと進む時間の中。朦朧として何もわからなくなっていく…………ゆっくりと、ただゆっくりと。瞼をおろした。
死に顔は、なんとなく………………穏やかだといいな。
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