1話 3 彼の仕様書を見せてほしい


 大人しくなったバイクからそっと降りる。


 周囲は静まり返り、白い霧で満たされていた。


 現在地を確認しようとしたが、腕のパッドが反応しない。


「この霧、EMP‥‥?」


「否定。

 検出:気化状態の非帯電の干渉性ナノ粒子。及びそれらの発するノイズによる計器類への影響」


「‥‥わかんない。霧状のジャマーに機械をバグらせるおまけがついてると思えばいい?」


「肯定」


「あなた、影響はないの?」


「影響:広域センサー、通信機器無効化。一部遠隔処理の失敗により自立型AIモードへの移行開始」


「それじゃあ運動機能に影響は無いのね。‥‥いきなりバグって爆発するとか、やめてよ」


「自爆機能:前バージョンまで未確認」


 ヘルメットのベルトをいじっていた手が止まった。

 ‥‥ちょっと待って。軽口で言ったつもりだったのに、その言い方は逆に怖くなる。


「‥‥今のバージョンは?」


「不明」


 どうしてそこは曖昧なんだ。一番不安な点なんだけど。


「‥‥‥‥そう。

 言っておくけど、自爆するなら別の機会にしてよね。今日はやめて」


「了解」


 この返事も、信用していいのかあやしい。

 小さくうめき声が出た。今はこれについて考えないようにしよう。




 トラップ起動のタイミングから考えると、トリガーはたぶん基地への通信だろう。


 先行した2台はこれに引っかかったと思って間違いなさそうだ。

 バイクで投げ出された衝撃だけで大怪我を負うか死に至っていてもおかしくない。


 こんなトラップは聞いたこともない。たぶん敵はわざわざこのトラップのテストのためにここをうろついてる。

 なら、敵の車両は検知されにくい軽装甲車程度と考えるのが妥当か。


 移動中の車両を狙ったなら、霧の発生元は道に沿うように設置されているであろうことは推測できる。

 もしこの霧から出ようと思えば、道から外れて進めば良いだろう。


「霧の外、少し見てくる」

 霧の切れ目を探して歩き出した時、カインに肩を掴まれた。


「非推奨。複数車両の走行音を感知。軽装甲車両と推測」


 耳をすませると、何かに木の枝が潰される音。

 今は静かに様子をうかがった方がいいかもしれない。


 バックパックのホルダーから対戦車ライフルを取り外す。


 以前のものよりも強化・軽量化され、取り回しが良くなった。それでも私よりもパワーのあるカインが使った方が良いだろう。彼ならスタンド無しでも扱えるはずだ。


 名前の割に、戦車そのものを撃つことは少ないし、一発で装甲を貫通できるほど強力でもない。

 実際は、例えばトラップや遮蔽物だとか‥‥人だとか。そういうものを撃つか、牽制に使うことの方が多い。それでも無いよりはましだ。


「あなた、狙撃は得意?」


「当機の単発銃の命中率は99%」


「へえ。残りの1%は?」


「当機の性能において100%と明言することを避けるようプログラム済み」


 技術開発部のくせに。そこはきちんとしてるのか。


「それじゃあ、何かあった時のためにあなたに渡しておく。

 私はアサルトライフルを持っておく。この状況で役に立つとは思えないけど」


 彼は私が差し出したライフルを受け取り、マガジンを確認している。その仕草がどこか人間みたいだ。


「分かってると思うけど、無闇に撃たないでよ。音で場所を特定されたら終わりだからね」


「了解」


 彼の声にはほんのわずかな感情も滲まない。でも今は誰かがすぐ近くにいてくれるだけで安心する。

 もし一人でいたら、視界の悪さや心細さに負けて外に逃げ出していたかもしれない。


 思えば、南部から帰還してからまともに会話をしたのは初めてだ。

 その相手が機械だなんて情けない気もする。

 それでも、余計なことを言わないペアというのは思いのほか快適かもしれない。


「他の連中もあなたみたいに無駄口叩かないといいのにね」


 彼は返答不要と判断したらしく、返事を返さない。それでいい。

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