10.少年の最後2
私が図書館へ帰り始めた頃には夜がすっかり深くなっており、月が空の頂点に昇っていた。図書館付近まで帰った時、私は図書館から少し離れた場所に少年と思しき影があった。私はそこに向かおうとしたが、足が動かなかった。
今でもあの時に足が動かなかった理由は解らないが、何故かそれが正解だったと感じている。おそらく、本能的にそう思っているのだろう。
少年が居なくなってようやく動けるようになった私は、図書館の中に入った。その時は幻覚の一種だろうと思った私に、少年の影が幻覚ではなかったことを机の上に置かれてあった伝承本が伝えてくれた。
私はその伝承本を元の場所に戻した。その後、司書室に入って月明かりを頼りに少年からの遺書を読んだ。
「これが読まれている時、僕は死んでいるのでしょうね。司書さん、今までありがとうございました。僕の相談に乗ってくださったこと、僕のことを気にかけてくださったこと、色々なことに対して感謝してもしきれません。そんな優しい貴方に、僕は恋をしています。死後になって言うことではないかもしれませんが、司書さん、貴方のことが大好きです。長谷川豊」
少年の遺書は短く、丁寧にまとめられた文章だった。そして、私が今でも忘れられない文章だ。ほんの少し文章を読んだだけで感動する、という経験は本を無数に読んできた以上、幾度となくあった。しかし、文章を読んでいてここまで胸が締め付けられ、感謝の意が嫌というほど伝わってきたことは、生涯を通して一度もなかった。いや、今後一生訪れないだろう。
少年は、自殺を止められなかった私に救われたような文章で私に感謝を伝えてくれた。そう、本当の意味で救えなかったこの私にだ。私はその遺書を司書室に置いて、その日は眠ることにした。
私はその日、珍しく夢を見た。少年が図書館に来て、例年通り課題を進めていく姿が、少年と一緒に潮風に吹かれながら昼食を食べる時間が存在したかのように、繊細な色彩を纏って私の頭の中を埋め尽くしてきた。
そんな世界は、一生は続かなかった。目覚まし時計の音が響くと同時に、色彩はすべて失われ、世界も脆く、儚いガラス細工のように崩れ去ってしまった。
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