5.少年の傷
後日、私は扇風機の風で飛びそうになる色紙を押さえつけながらスイカやパラソルなど、夏の風物詩を色紙で作った。夢中になって腹の虫が鳴るまで時計を見るのを忘れていた。腹の虫が鳴った私は、昼ご飯を食べることにした。
昼食を取り終え、司書室から図書館へ戻ると少年が来ていた。小学校はまだ授業中のはずだ。
私はそのことが気になり、初めて私から声をかけた。
「貴方、小学生ですよね?こんな時間にここに居ていいのですか?」
私は少し口調が荒くなってしまったと感じ、少し間は空いたが訂正しようとしたが先に少年が口を開いた。
「いいんですよ。誰も僕を心配しませんし。」
私はそれを聴いた瞬間、出かかっていた言葉が喉につっかえた。それと同時に、少年の心が悲哀の感情を表す藍色に一瞬染まった。
私は、少年の心が空っぽになってしまった理由がわかってしまった。
それは、「もう何も感じないほど心が壊れてしまった」からだ。
少年はこの若さで、もう誰にも愛されていないと思ってしまっている。
「もし、もしもですが、何か抱え込んでしまっていることがあれば、私に相談してみませんか?」
私は知らぬ間にそう言っていた。おそらく、本能からこの少年の味方でありたいと思ったからだろう。少年は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。そんな少年の目をしっかり見ながら私はこう続けた。
「全部じゃなくていいです。話せることだけでも話すと、気持ちが楽になりますよ。」
私はできる限り優しい声でそう言った。
その次の瞬間、少年の心の色は悲痛な感情を表す濃紺色に染まり、涙をポロポロと流し始めた。
その後に聴いた話は今でも忘れない。
「いじめ」という言葉で片付くことだが、内容はあまりにも酷かった。
暴力を振るわれ、物も奪われ、その上味方も居ない。これらでも、ほんの一部に過ぎない。そんな環境に数年間も身を置いたら、心が壊れるのも当然だった。
更に耳を疑ったのは、カッターナイフで体を切り付けられた、という言葉だった。私が少年の服を捲ると、そこには十数か所の切り傷があった。傷口は塞がっているものの、傷口は赤黒く染まっており、私は目を逸らしてしまった。その他にも数十か所の打撲痕が背中や腹部、胸部など、服を着ていると目立たない場所に付いていた。
「親御さんに相談とかはされましたか?」
私がそう少年に聞くと、また予想外の返答が来た。
「相談はしました。でも、信じて、もらえなくて。」
少年はまた涙を流した。
そんな家族にすら味方になってもらえず、独りで心が壊れるまで耐えてきた少年を、少年が死んで数年たった今でも思い出す。この夏の時期、この潮風に当てられると。
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