第41話
俺と七瀬さんの会話は、いつものように、あてもなく静かに続いていた。寒さ対策として夕暮れ時の少し早い時間に集まったため、少し離れたところにあるグラウンドでは野球少年たちが必死に白球を追いかけていた。
「子供って、なんであんなに元気なんだろうね」
「そだね。体力っていうより、まだ、世界のいろんなものに飽きてないからじゃない?」
七瀬さんの切り口は今日も鋭い。
「ね、陽介はどういう子供だったの?」
「俺? 俺は、ごく普通だよ。ほら」
俺はスマートフォンを取り出し、写真フォルダの奥深くに眠っていた、懐かしい画像を探し出す。一枚目は、七五三の写真。着慣れない羽織袴を着せられ、千歳飴を握りしめた、緊張気味の五歳の俺。
「うわ、陽介の顔、カチコチに固まってる」
「でしょ? 写真館の人が、全然笑わせてくれなかったんだよね」
二枚目は小学校の運動会。クラス対抗リレーで、必死の形相でバトンを握りしめコーナーを走る俺。
「ふふっ、足、遅そうだね」
「失礼な!この時は、アンカーだったからね!?」
「や、すごいじゃん」
家族旅行で行った海水浴場での一枚、卒業式の日に友達と撮った一枚。俺のスマートフォンの画面には、誰もが通るような、ありふれた、でも、温かい記憶の断片が、次々と映し出されていく。七瀬さんは、それを、一枚一枚、本当に楽しそうに、そして、どこか、少しだけ、羨ましそうな目で見つめていた。
「いいなあ。陽介の子供時代って、すごく……普通だ」
「褒められてる!?」
「や、これは一応最大級の誉め言葉ですとも」
七瀬さんの口ぶりからしてそれは嘘ではないらしい。
「そ、そっか……じゃあ、次は七瀬さんの番」
俺がそう言うと、彼女は、ふっと表情を曇らせた。
「私、あんまり写真がないんだよね。そのー……昔から撮られるの、得意じゃなくて」
「一枚でいいから。見てみたい」
俺に促され、彼女は少しだけためらいながら、自分のスマートフォンを操作し始めた。その指が、何度も、画面の上を滑っては、止まる。見せられる写真が、本当に、ほとんどないのだろう。
「あ……」
その時だった。彼女の指が、ふと、1枚の写真をタップしてしまい、それが画面いっぱいに表示された。
「ふふっ。練習生時代の写真だよ。懐かしいな」
そこに写っていたのは、今よりもずっと幼い、十歳くらいの七瀬さんだった。目がくりくりしていて周囲を全て引き立て役にしている圧倒的な美少女だ。
シンプルなTシャツとスウェットパンツという、レッスン着のような格好。背景は何もないスタジオの白い壁。
そして何より目を引いたのは、胸の前についている一枚のプレートだった。そこには、無機質なゴシック体で『128』という数字が書かれている。
その瞳は、緊張と不安と、そしてそれを上回るほどの強い意志の光を宿していた。
その写真はオーディションの風景だとすぐに理解した。
これは、彼女がアイドルか歌手か、何かそういう世界を目指していた頃の写真なんだ。
そして同時に、俺の頭の中でこれまでずっと引っかかっていた全てのピースが一つの絵を完成させた。
彼女は目指していたんだ。夕薙凪と同じ、あの、きらびやかな世界を。
外見もスキルも大きく違わない二人の命運を分けた理由があるとすれば、運以外に思いつかない。
ということは、つまり―――
「そうか! 七瀬さんも昔はアイドルを目指していたんだね。だから、あんなにダンスも歌も上手いのか……! 全部納得がいったよ! 本人顔負けの歌もダンスも七瀬さんの努力なんだね!」
口にはしないが、以前夕薙凪のアンチを自称していたのも同じところを目指していた故の嫉妬心ということもあるんだと思った。
俺が、自分の中でたどり着いた、あまりにも切ない「真実」。最大の敬意と同情を込めて彼女に告げた。
七瀬さんは俺の顔を、信じられないものを見るような目で見つめ返してくる。その瞳が、みるみるうちに潤んでいく。きっと、諦めた夢の記憶が蘇ってきたのだろう。
そして、またいつものようにニヤリと笑った。
「ふふっ、正解。毛利小五郎に並ぶ名探偵じゃん」
「て、照れるなぁ……」
「やー、陽介の推理は毎回飽きないねぇ」
七瀬さんはクックッと何かをひた隠すような含みのある笑みでそう言って、いつもと同じ缶チューハイ二本分の距離を保ちつつ、時たまツンツンと俺の顔を突いてくるのだった。
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