第30話 来襲
ダイスケの目の前には,穏やかな笑みを見せている宰相アーロンがいた。
かなりやり手の有能宰相と言われているが,娘を溺愛しすぎて,娘が絡むと正常な判断能力が無くなると噂される人物。
娘の縁談話はことごとく蹴り飛ばし,娘の近くにいる男には容赦無いとも噂されている。
姉弟子のシェリルと話したときも,姉弟子が半分笑いながらアーロンのことを話していた。
娘LOVEすぎて,つける薬が無いと言っている。
娘LOVEが高じて春の日差し亭で自分を待ち伏せして集団圧力をかけようとした男でもある。
ダイスケは用心のため周辺を気配察知で探るが誰もいないし,隠れている者達もいない,罠の類も無いようだ。
さらに魔法陣などの反応も無い。
目の前の宰相閣下から感じる気配察知の結果は特におかしな様子は無い。
スキル第六感にも特別反応が無い。
しかし,まだ信用はできない。
油断なく自然体の構えで不測の事態に備えている。
ただし,宰相本人に対してスキル鑑定を使うことはやめておく。
普段から人に対してはできるだけスキル鑑定は使わないように心がけていた。
人に鑑定を使うと余計な秘密を知ってしまう恐れがあり,鑑定を使ったことが相手に分かった場合はトラブルになる恐れがあると考えるからであった。
「ダイスケ君。何も企んでもいないし,君をどうにかするつもりは無いよ。まずは謝罪させてくれ。春の日差し亭では済まなかった。私の思い込みで君に失礼なことをしてしまった。申し訳なかった」
アーロンが頭を下げた。
その姿にダイスケが驚いた。
まさか宰相ほどの地位にいる人物が素直に頭を下げ謝罪するとは思っていなかったからである。
普通なら,色々と策を弄したり,問題を隠蔽したり,地位にしがみつくあまり傲慢で非を認めないものだが,アーロンは素直に非を認めていた。
ダイスケはしばらく考え込むが,姉弟子にあたるシェリルとは,対立するつもりもないので謝罪を受け入れることにした。
「分かりました。謝罪は受け入れます。頭を上げてください」
「ありがとう。助かるよ。とりあえず座ってくれ」
アーロンはソファーを示した。
用心のためソファーを鑑定で調べるがごく普通の高級ソファーであった。
【 高級ソファー
・王都の一流職人が丹精込めた品。
座り心地を第一に考えられている。
これ一つで金貨50枚。
※残念!!!
罠も魔法陣も何も仕掛けられてない。
単なるソファーだった・・・(涙)】
スキル鑑定は何を期待してるんだと言いたくなるが無視する。
中に何か仕掛けられているわけでも無いようだ。
ダイスケは,宰相アーロンと向かい合いように座った。
そして二人はしばらく無言であった。
そんな中,メイドさんが紅茶を用意して目の前に出して下がっていった。
念のため紅茶も鑑定で調べる。
【 紅茶
・香り高い最高級茶葉。
100g金貨2枚もする。
※これも残念!!!
ドキドキハラハラの展開は無い。
毒や薬の類は一切入っていない。
手に汗握る展開は無い・・(涙)】
ダイスケは紅茶を一口飲む。甘く爽やかな香りがしてくる。
そんなダイスケを見ていたアーロンは多少驚くと同時に呆れてもいた。
春の日差し亭での一件から大して日が経過していないのに,相手の出した紅茶をあっさりと飲むからである。
「よく紅茶を普通に飲めるな。自分ならそんな簡単に相手の出した紅茶は飲めんよ。普通なら手をつけられんと思うが,心臓が鋼でできているのか」
「護衛の気配も無く,宰相閣下の様子もごく普通。心音も正常。汗もかいていない。罠の類がある様子も無い。それなら普通に飲めるでしょ。毒でも仕込んであれば必ず態度に出ますよ」
宰相アーロンの気配から感じたことを素直に口にする。
「よくまあ,それほどまでに普通でいられるものだ。驚くほどに冷静で相手を観察している。流石はシェリル様の弟弟子と言ったところか」
「おや,知っているんですね」
「シェリル様からが契約魔法まで使い家族に周知させられたよ。私も当家も君を害する事は無い」
「自分に関することは特段秘密でも無いと思ってますけど」
「君という存在は,君自身が思っているよりもはるかに大きな影響力を持っている」
「影響力ですか」
「そうだ」
「姉弟子のシェリル様は何か言ってましたか」
「シェリル様と共に御伽話に出てくる剣聖の弟子にあたる存在。異世界からの迷い人であり,剣聖の剣術を受け継ぐ本家本元。毎夜,魂の世界で剣聖から直接の稽古を受けている」
「間違いはないですね」
「あっさりと認めるんだね」
「まあ,シェリル様が知ってますからね。でもその話を信じるんですか。こんな怪しい話をですよ。公爵家の方が実際に見た訳ではないですよ」
「詳しくは言えないがシェリル様には相手の嘘を見破るスキルがあり,そのスキルが真実だと言っている。それと,君の使う剣術の型とシェリル様の大剣の型がそっくりだ。そしてシェリル様が知っていて,部外者の知らない剣聖の真実を知っている。これだけ揃えば,公爵家の者達であれば信じるよ」
「そんなスキルがあるんですね」
「シェリル様の前では下手な嘘はつけんぞ」
「う〜ん。困った姉弟子ですね。宰相閣下も大変そうですね」
「女性上位の家だからな。婿は色々あるのだ。色々とな」
宰相アーロンはしみじみと呟く。
そんな宰相アーロンを見てかかあ天下の言葉が浮かぶが言わないことにする。
自分に火の粉がかかってきそうだからだ。
地雷を踏まないように早々に引き上げるために慎重に言葉を選ぶことを考えていた。
「これで国王陛下との面会も終わりましたから,エルデバイスに戻り冒険者としての活動に戻ろうと思います」
「分かった。今後はできるだけ,迷い人であることと剣聖に関わることは他人には言わないほうがいいだろう。この世界にはその力を欲する者達が山ほどいる。近寄る権力者を黙らせるほどの力があるから余裕だと思うが,絡め手でくればなかなかウザいぞ」
「分かっています」
「貴族がらみなら当家を頼れば残らず叩き潰してやる。それと君は冒険者だから,他の冒険者とパーティーを組むこともあるだろうが,パーティーを組んでも簡単に相手を信用してはいかんぞ」
「その辺は大丈夫かと思います。俺も上手く使えば相手の嘘を見破れるスキルがありますから,どうにかなると思います」
人に向けて鑑定を使わないつもりではあるが,パーティーを組むならやはり調べてから組む方がいいかもしれないと考えているところであった。
「そうか。なら,エルデバイスに帰る前に一つ依頼をしたい」
「依頼ですか」
「期限は1週間。結果が出なくてもいい。着手金として金貨10枚。依頼を達成したら成功報酬として金貨1000枚出そう。場合によっては追加報酬も考える」
「依頼とは何ですか」
「義賊白狼の捕縛」
「王都で噂になっている義賊白狼ですか」
「そうだ。生捕りにして欲しい」
「被害は悪党ばかりなんでしょう。放っておけばいいじゃないですか」
「少しくらいなら放っておくが,徐々に頻度と被害額が跳ね上がってきている」
「被害の訴えが多いのですか」
「いや,被害の届出は無い。しかし,ばら撒かれる金貨銀貨が増えてきている」
「悪党どもが表に出せないから訴え出ないということか。だが,悪党どもも頭に来ているから血眼になって探しているでしょうから,そのうち捕まると思いますよ」
「それでは少々困ることになる」
「なぜです」
「ここから先は,依頼を受けることが前提だ。そして守秘義務が課せられる」
「仕方ない。受けますよ。ですからその訳を教えてください」
宰相アーロンはしばらく話すことを躊躇うようなそぶりを見せたが,意を決して話し始める。
「複数の貴族・商人が闇ギルドに同様の依頼を出している」
「闇ギルド?」
「王都に巣食う悪党たちの集まりだ。依頼の金額しだいで暗殺・誘拐・違法奴隷の売買・違法薬物の売買までやる連中だ。このままでは,関係ない者達が巻き添えになる恐れがある」
「それなら衛兵隊と王家の裏の仕事をする者達を出せば済むのでは」
「最大の問題は別にある」
「別の問題」
「犯人の目星はついている。犯人は王家に連なる者だ」
王家と聞いて慌てて辞退しようとするダイスケ。
「えっ・王家絡み・・ちょっとま・・・・・・」
そんなダイスケを無視して,犯人の名を告げられた。
「第2王女殿下だ」
「うわ〜,聞きたくなかったよ・・・」
思わず頭を抱えるダイスケ。
「これ以上事件を起こさせないようにと王宮内に軟禁したが,いつの間にか抜け出して行方をくらませてしまった。それが三日前だ」
「はぁ〜!何やってんですか」
「面目ない」
「一人でそんなことできる訳ないでしょう。協力者がいるはずですよ」
「御付きの女性騎士が一人行方が分からなくなっている」
「もしも,その王女様が闇ギルドの手にかかったらどうなるのです」
「流石の陛下もお怒りになり,闇ギルド・そこに依頼した貴族・商人にまで制圧の命を下すだろう。そうなると他国の介入を招き,多くの貴族も反旗を翻し,王家の権威は失墜。内戦状態になる恐れがある」
「・・・単なる冒険者ですよ。国家の問題は国家で片付けてくださいよ。そこまで背負いきれませんよ」
「おそらく何らかの手立てで王城内や政府の情報が漏れている。だから衛兵隊・王家の影は信用できんのだ」
「流石に無茶ですよ」
「公爵家は全面的に協力する。それと信用できる助っ人が来る」
「助っ人?」
部屋の扉が勢いよく開け放たれる音がすると同時に誰かが素早く部屋に飛び込んできた。
油断していたダイスケが慌てて応戦しようとしたが,それよりも先に後ろから組み付かれてしまう。
何か柔らかいものが頭の後ろに感じるが,それよりも相手の腕がダイスケの首を思い切り締めている。
「きゃ〜,君がダイスケ君ね!トマム君が正式な弟子を取るなんて信じられない!あの堅物で冗談が通じない朴念仁のロリコンが弟子を取るなんて!!!!!もうお姉さんは感動よ」
シェリルそっくりの美女の腕でダイスケの首が完全にロックされ,顔が完全に真っ青になっている。
「クレア様。このままではダイスケ殿が窒息死してしまいますぞ」
一緒にやってきた衛兵隊大隊長ヘンデルの言葉を聞き,自分がダイスケの首をロックしていたことに気がつくが,すでに首を思いっきり締め上げられたダイスケは気を失っていた。
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