星の栞
三角海域
星の栞
様々なものが技術発展を遂げている。
それらのおかげで人々の生活はより豊かになっていく。
生活のアップデートが成される中、生活に直接関係ないものもいくつか生まれた。
その中のひとつが「星の栞」というものだ。
この栞には星が瞬いている。美しい星が描かれているということの比喩ではない。本当に星がそこに瞬いているのだ。
その栞は特殊な板で出来ている。質感は紙の栞とほとんど変わらない。だが、そこには最先端の技術が搭載されている。
映像として記録した星空をその板に記録する。すると、実際にその星空と連動し、リアルタイムで空が変化する。
曇天や雨天の時には栞の中の星空も見えない。設定で雲を消すこともできるので、常に星空を楽しむこともできるが、ほぼ全員がリアルタイム反映を選んでいる。
それなりに高価であるため利用者はまだ少ないが、人気が拡大していて製造が追いつかないらしい。
そんなレアな「星の栞」をぼくは持っている。
友人がぼくに残したのだ。
贈られたわけでもないし遺されたものでもない。ある時ぼくのもとにいきなり届いたのだ。
やたらと立派な封筒にそれは入っていた。
栞が一枚とメモが一枚。メモにはひとことだけ言葉があった。
〈友情の証に〉
栞に記録されているのは数年前に友人と観に行った外国の星空だった。
「世界はどんどん先へと進んでいる。けど、俺はそんな世界が少し息苦しい」
その横顔は夜空の向こうに何かを探しているように見え、ここではないどこかへと思いをはせているようだった。けれど、ここまでの道中でぼくは疲れ果てていて、彼に向けてなんの言葉もかけてあげることができなかった。
その〈息苦しさ〉はぼくが思う以上に彼の中で大きなものだったのかもしれない。
すぐに彼に連絡をいれたが、どの手段を用いても彼に繋がることはなかった。
彼は消えてしまった。両親は先立ち兄弟もおらず、親戚付き合いもしていなかったので、彼を探そうとする者はいなかった。捜索願もぼくが出したほどだ。彼には繋がりらしい繋がりがほとんどなかった。
ぼくだって彼のことを深く知っているわけではない。大学のゼミが同じで、海外の古典文学が好きという共通点があった。そうして本の話をしているうち、ぼくらは仲良くなった。プライベートな話はほとんどしない。ぼくが知っているのは彼の話した〈事実〉だけであり、〈内容〉といえるほどのものではない。
ぼくらが共有していたのは文学の世界だけだ。この部屋にも彼が置いていったたくさんの本がある。
彼が残した星の栞は窓辺に置いている。
ほとんどの人が設定しない雲の除去モードにしているため、どんな日でもそこには思い出の星空がある。
毎晩部屋を暗くし、星を眺めている。最近こう思う。彼はこの星空の中に入っていったのではないかと。
今度彼に向けて手紙でも書いてみようか。
届かなくてもいい。洒落た便箋を買ってきて、彼の名前だけを記して封筒にいれる。それを星の栞の横に置いておくのだ。
そうしたら、彼にメッセージが届くのではないか。そんなことを夢想している。
栞の中で瞬く星のひとつが強く光ったように見えた。
「それはいいね。時代の後を行っているのが最高だ」
そんな彼の言葉が聞こえた気がした。
星の栞 三角海域 @sankakukaiiki
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