第一章 少年の異能

⚪︎第一章一話 日常に滲む痛み

事件から数年後、かつての少年—— 花奏 燐は、延々と続く海を眺めていた。


孤海に浮かぶ研究所、花奏復体研究所。

見てくれはただの小型空母、その上に建物が数棟建っているだけ。

しかしその実態は、複体の研究施設である。

複体はその存在の特異さから、世間に公表されていない。

そのためメディアへの露出などを危惧して、この孤海へと追放された。


ここの所長を務めている叔父に引き取られた僕らはこの孤海に住んでいた。

叔父は複体の研究者で、叔父から複体の存在を知った。知らされた時に、少し言い淀んでいたのを覚えているが、何が彼をそうせたのかは分からない。

それでも彼は誰よりも研究者肌であった。

日夜、複体の研究に明け暮れ、少ない時間を縫って僕らの世話まで焼いてくれた。

人の手を借りでもしないと生きれない。

そんな僕らに保護者として生きる術を示してくれた。その一つが叔父と同じ複体研究である。いつからか、僕も叔父の研究を手伝うようになっていた。


僕が高校生になった年のある日、研究所に『複体の欠片』なるモノが送られて来た。僕は叔父に「この時間に届くから荷物受け取ってくれ」と言われ、空母の甲板部分までやってきた。

どこまでも蒼く遠い海が広がっている。ここからでは陸地は見えない。

研究所は孤海にある、だから学校には行けないし、買い物にも気軽にいけない。

なので今回のように、物資は船か配達用ドローンで運ばれてくる。ちなみに学校はリモートで授業を受けている。

少し待っていると遠くから何かが飛んできていた。

よく見るとドローンが頑丈に包装されたダンボールを抱えていた。

今回の配送はドローンだったようだ。

ドローンは僕の目の前で止まった。

僕は手を伸ばし、辛うじてドローンから荷物を受け取る。僕が荷物を回収するとドローンは去っていった。

ドローンは普通の人なら楽々受け取れる高さにある、けど僕にとってはそれがギリギリ受け取れる高さだ。

こんな感じの出来事があるたび思ってしまう。

(僕に足があれば...と)

僕はある事件に巻き込まれ、母と両足を失ったと叔父から聞いている。僕自身は、当時の記憶が朧げでよく思い出せない。

そんなわけで、僕は車椅子に乗って移動している。


送られてきた荷物には、品物と共に報告書が同封されており、「複体の異能に関するサンプル」と記載されていた。現在ではかつてより研究が進み、複体の発生条件が明らかにされている。

そして更に研究を進めるため、送られてきたのが今回のサンプルであると聞いている。

今度は僕か荷物を届けるべく、車椅子を回し、叔父の研究室へと向かった。


「叔父さん、荷物届いたよ」

僕は研究室の扉を開いてそう言った。

部屋の奥に、白衣を着た人が2人。

「兄さん!」「やっと届いたか」

2人が一斉に振り返った。

僕のことを兄と呼んだ女の子が僕の妹。

——花奏 白狐(はなで しろこ)だ。

彼女は、研究の手伝いをしていたのか、白銀の髪を頭の後ろで結い、実験用の保護メガネを掛けていた。僕と同じくらいから手伝いをしているため、白衣が板についている。

彼女も、事件に巻き込まれ、身体に不自由を抱えている。僕のような身体的欠損ではないが、薬を定期的に摂らないと体調が急激に悪化して、倒れて動けなくなってしまう。

彼女の一際目立つ白銀の髪は、その副作用によるものだ。

その他にも普段、化粧や衣服で隠してはいるが腹部と首筋に深い切り傷がある。

無論、同じ事件にあった僕にも同じような切り傷が刻まれている。


そして、部屋に入ってからずっと荷物に視線がいっているのが、僕らの叔父で研究所長。

———花奏 月旦。(はなで げったん)

長々と伸びた髭に、腕まで捲られた裾。

如何にも博士、と言った風貌をしている。

僕らの前では、おどけて振る舞う彼だか、政府から重要秘匿人物に指定された『危険人物』である。


僕は叔父に荷物を渡した。

叔父は、『おぉ届いたか!』という若干の興奮を孕んだ声と共に荷物の包装をビリビリに破いた。

(やはり何度見てもプレゼント開ける子供にしか見えない....)

叔父には毎度包装して送られてくるサンプルをビリビリに破ってから開ける趣味があるようだ。 

(だとしたら、とんだ悪趣味だな)

僕は笑いを堪えながら、叔父から破いた紙ゴミを片付け、同封されていた報告書を手に取る。


『報告書』___________________________________

今回のサンプルは、殺人事件の被害者家族より顕現したものと思われる。推定強度は、60程度。

(以下略)

サンプルは複体における心臓部分と見られており、仮説を踏まえ、異能の発現部位として妥当だと考える。

———————————————————————

報告書には、『複体の異能はどこで生まれるか』についての考察が書かれていた。

『叔父さん、資料同封されてる』

『あぁ、ちょっと見せてくれ』

サンプルに目を輝かせていた叔父に報告書を手渡す。

すると先程までのおちゃらけた雰囲気とは打って変わり、如何にも研究者らしい雰囲気を纏った。

少し資料に目を通してから「俺の見立てとは違うな、そんな単純なことじゃない」と言う。

「元より、複体は人間の激情の生き写しだ。そして複体は人間の感情から産まれる。なら異能は複体それ自身に宿る以外には考えられまい。もし考えられる可能性としては脳だが、俺は今まで色んな複体を解剖してきた。その中で、人間と似たり寄ったりの器官は何一つとしてなかった。どうせ今回のも、現場の見間違いだろう」と続けた。

すると妹が口を開いた。

「まーた新しい研究?異能を兵器化する話はどうなったの?このままじゃアタシの仕事進まないし、もし叔父さんの仮説正しくて、安全証明されちゃったら、ココ以外でも複体ごとバラして異能取り出して特化兵装量産できちゃうけど。そしたらアタシの仕事無くなっちゃうし」

———異能を取り出す。言い換えれば人の感情の核を抜き取って使うこと。

コレが成されれば、新兵器がつくられ、対複体での被害は大きく減る。

それを見込んだ国から打診され、僕らはこの研究を続けているのだ。

「そっちは、まだ問題は山積みだ」

現在、対複体への対策として、掃射隊というものが組織されている。その隊員は基本的に、複体の身体の一部である『複体の欠片』を組み込んだ『特化兵装』を使う。

叔父さんの研究は、複体を解剖し、対複体用の兵器を開発することだった。


しかし最近、任務中に負傷し療養中だった隊員に複体の異能が発現したとの噂を聞いた。

実際に報告書が回ってきていない為、真偽は分からない。

それと同じタイミングで、政府から並行して『複体の異能』についての研究命令が出された。

叔父さんは多少なりとも情報をもらっているみたいだが、扱い的には叔父の助手に当たる僕らには、これっきしの情報も与えられていない。

きっと秘匿されているのだなと思っている。

それでも気になるものは気になる。


何故なら、燐には喉から腕が出て裂けてでも欲しいものがあるからだら、

(もし身体が再生する異能があれば....!)


複体には再生機能を持った個体が稀に産まれる。

そう言った個体は『再生型』の異能を有していると考えられている。

複体を研究しているうちに、無意識領域下で考えていたであろうこと。叔父の新しい研究内容を聞いて思い出すように浮き上がってきたもの。僕が渇望したものそれは、

————人体の再生。僕の脚の治し方。

足があれば、足さえあれば、もっと広い世界を見れる。もう不自由なく生きられる。惜別した思いが、蓋をこじ開けて溢れて来る。

だから僕は、《異能》が欲しい———。


諦めるという選択肢は燐にはなかった——。


「叔父さん、一部の掃射隊員だけ異能を発現したって噂、本当なんですか?」興奮した気分を感じさせない冷えた声音で言った。

「ん?あぁ、いるとは聞いてるが、俺も見たことないから分からん」ある程度想像通りのリアクションだった。

いくら研究者といっても国指定の『危険人物』。

より詳細な情報はもらえないのだろう。

それか僕らにも秘匿しなければならない情報なのかもしれない。

「だったら特化兵装の開発より、そっちに注力した方がいいんじゃないんですか?」僕は質問を続ける。

「俺もそう思っちゃあいるんだが、特化兵装のために、異能発生のメカニズムを解明しろとのお達しなんだ。それが分かれば、こんなにちまちま特化兵装の開発なんてすることもないんだがなぁ」困ったように頭を掻きながらそう言った。


本当にこの研究は特化兵装の為だけのものなのだろうか?

僕にはこの『危険人物』を隔離するための措置か、もっと別なものに利用される気がしてならなかった。

同時にこの研究は、僕の野望を果たす為の礎になり得るとも思った。


結局、送られてきた荷物を解いてその日の作業は終わった。その後、一家団欒の夕食を経て、僕は自室で風呂の順番を待っていた。今は車椅子では無く、簡単な義足をつけている。

しかし松葉杖があってもロクに移動はできない。

僕が普段、義足を使わないのは、幻肢痛が原因だ。

義足だと両足の負担が大きい。

そこにタイミングが悪く、幻肢痛も重なってしまうと歩くどころか立ってすらいられなくなってしまう。

故に僕は車椅子で移動するしかない。


現在の時刻は午後8時頃。


今は、自室で風呂の順番待ちをしている。

我が家の風呂の順番は基本、妹→僕→叔父である。今、叔父はレポートの閲覧、妹は入浴中なのでこの時間は僕だけの自由時間となっている。

僕の部屋は、研究所近くにある居住スペースの一階の端にある。

外から見ると何らそのへんのアパートと変わらない

窓からは、波が押し寄せる音だけが響いている。

薄明かりの中、僕は机の上の日記帳に手を伸ばした。

そこに書かれているのは日々の記録と、僕の極秘研究について。


僕の極秘研究———幻肢痛を遮断する方法。

それを模索した記録が長々と書き連ねられている。

この研究を極秘にしたのは、叔父と妹に心労をかけないためだ。

かつての僕には、その痛みはあまりに苦痛で、悲劇で何度も、何度も死にそうになった、死にたくなった。

生きる希望も意味も痛みを前に徐々に狭まっていった。

今でも幻肢痛の苦痛は続いている。

けどこの極秘研究をしているうちに、気づいた。

この幻肢痛は普通じゃない。

そんなことないのかも知れないけど、そんな気がしている。

一般的な幻肢痛は、電気が走るような痛みや刺すような痛みと形容されている。

しかし、僕にははどの症例にも当てはまらない。

僕の幻肢痛は、身体が少しずつ蝕まれていくような、そんな痛みに襲われるからだ。


僕は日記帳を見返した。

これまで模索してきた記録が全て残っている。

一ページ、一ページ捲って考えを纏める。

しかし結論は出ない。

しばらくして風呂が空いたと呼ばれ、その日は入浴して、そのまま眠りについた。

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