第五話:目を伏せた理由

【SE:昼下がりの風が、窓を鳴らす音】


授業中、ふと前の席の紬がこちらを振り返った。

一瞬、僕と目が合って、それからすぐに視線を逸らす。


なんだか、いつもと違う。


放課後、僕は彼女を呼び止めた。


「今日……なんか、あった?」


紬はしばらく黙って、それから、小さく笑った。


「目、合ったのに……なんか恥ずかしくなっちゃって」


「どうして?」


「うーん……きのうの、ノートのこと、かな。書いたの、ちょっと勇気いったから」


僕は、自分の胸の鼓動がひとつ、大きくなるのを感じた。


「ありがとう。書いてくれて、うれしかった」


紬は、ほんの少しだけ顔を赤らめて、それでもちゃんと目を合わせてくれた。


「うん。書いてよかったって、思った」


窓の外では、もう花は散り終えて、新緑が揺れていた。


――季節が進んでも、僕たちの約束は、ほどけずに残っている。


【SE:風が机の上のプリントをめくる音。】

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