第三話:光の粒がこぼれるとき
放課後の教室には、誰もいないはずの空気があった。
西日の差し込む窓辺に立つ律は、鞄を抱えたまま、静かに黒板の方を振り返る。
そこには、誰かが書き残した落書きがまだ薄く残っていた。「約束」とだけ、白いチョークで。
「……まだ、消してないんだ」
律は独りごちた。誰の文字かは知らない。でも、その一文字だけが、ずっと気にかかっていた。
カララッ。
背後でドアの音がして、美香がひょいっと顔をのぞかせた。
「お姉ちゃん、やっぱりここにいた!」
律は、わずかに口元をほころばせた。
「……あんまり放っとかれると、探しに来るよ。春の夕日は短いんだから」
美香の言葉に、律はふと窓の外を見た。金色の光が校舎の端を染め、影が長く伸びている。
「ねえ、お姉ちゃん。あの落書き……覚えてる?」
律の問いに、美香はきょとんとしながらも、黒板に目を向けた。
そして少しだけ目を細めて――
「ああ……、あれ。懐かしいな。誰が書いたか……私、ちょっとだけ覚えてるかも」
「本当?」
「うん。確か、あの時――」
ふたりの声が、だんだんと重なっていく。
その教室にこぼれる光の粒が、少しだけ春の風に揺れていた。
そしてふたりは、そっと歩き出す。あの日の続きへと、まだ知らぬ約束のその先へ。
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