帰属意識

「ワタシたちは運命共同体――マヴだよ」

 その言葉に対し、三人は怪訝な顔をする。

「マヴ? アタシたちが?」

「別に悪い気がしているわけじゃないけど、沙奈さなとウチらってそんなに仲良かったっけ?」

「どうして、そんなにわたしたちを想ってくれるの?」

 いくら追い込まれているとはいえ、彼女たちも無条件に優しさを信じることはできない。当然、沙奈はそれを重々承知している。それでも彼女は、三人の心の弱みに付け入ることを諦めない。

「ワタシは多くを知りすぎた。同時に、今は共犯者でもある。ワタシたち、もうマヴになったようなものじゃない?」

 それが彼女の言い分だった。そんな彼女の胸に真っ先に飛び込んだのは、主犯の少女である。

「沙奈!」

「もう大丈夫だよ。アナタたちが心細くなったとしても、自分がワタシのマヴであることを思い出せばいい。アナタたちの拠り所になれるのなら、ワタシは喜んでそれを引き受ける。マヴって、そういうものでしょ?」

「うん、うん! アタシたちは、マヴだよ!」

 沙奈の話術により、主犯は完全に手駒にされた。その後に続き、残る二人も感極まる。

「ありがとう……ウチ、ずっと心細かった」

「わたしも、人生が終わるかと思ってた!」

 これは紛れもなくマニピュレーションだ。眼前の少女たちがつかの間の安堵を噛みしめる中、沙奈は心の中で呟く。

「帰属先を与えられた人間は、その中毒性に呑まれる。ましてや、その人間が極限状態に置かれていてはなおのこと」

 彼女が用いる「マヴ」という単語は、帰属意識を植え付けるためのものであった。この時、彼女の脳裏には、様々な「人間」の姿が浮かび上がっていた。国、信仰、知性、地位など――人は様々なものに帰属意識を持ち、それに酔い痴れている。そんな人類の習性も、小倉沙奈おぐらさなの手にかかれば道具でしかないのだ。

「大好きだよ、マヴの皆」

 そんな甘い言葉を呟いた彼女は、静かにその場を去った。



 *



 その日の晩、沙奈は寂れた公園を訪ねた。そこで彼女が邂逅した相手は、千郷を狙う包囲網を築き上げた黒幕――御巫真梨かんなぎまりその人だ。この時、真梨は生唾を呑み込んだ。最大の敵対者を前にすれば、マキャヴェリズムの申し子も余裕を保つのが難しくなるらしい。先に口を開くのは、沙奈である。

「真梨は、千郷のことを相当気に入っているみたいだね」

 何やら彼女は、真梨の恋心を見抜いている様子だった。一方の真梨は、かろうじて平静を保っている。

「それがどうしたの? 貴方の性格からして、正義感なんて抱いているはずがない。小学生の頃から、貴方はずっと正しさを嘲って生きてきた。沙奈――貴方の目的は、一体なんなの?」

「ふふっ……ワタシが正しさを嗤う性分であることを、真梨はよくわかっているようだね。アナタは裁けない悪で、それゆえに正義なんかは通用しない。だからアナタに一番効くのは、純然たる破壊。そうでしょ?」

「つまり、貴方は私を壊そうとしているんだね。一体、何が貴方をそうさせているの? 貴方に、私を壊す理由なんかあるの?」

 募る疑問は数知れない。真梨からしてみれば、眼前の少女の行動は理解の及ぶものではなかった。


 ところが、沙奈は質問に答えない。

「アナタだけが質問できると思ったら大間違いだよ。ワタシも、聞きたいことがあるから」

「……何を知りたいの?」

「真梨――アナタが千郷に愛して欲しいのは偽りの姿なの? 否、アナタ自身が最も理解しているはず。あの子は、本当のアナタを愛さない。アナタには、その真実を背負い続ける覚悟があるの?」

 その問いは、真梨にとっては何よりも残酷なものだった。当然、彼女は言葉に詰まってしまう。そこにとどめを刺すかのように、沙奈はこう囁く。

「愛することで傷ついた時、人は他の原因を探すようになる。ありもしないのに……ね」

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